余興


「王宮でも配るのか? ふうん…懐かしいな」

瀟洒な建物が並ぶロストールの貴族街は、年始という事もあってか、常にも増して静かな佇まいを見せている。
その一角―――七竜家でも権勢を誇るリューガ邸では。
珍しく綻ぶ末娘の顔に、長兄にして屋敷の当主レムオン・リューガが、眉を上げた。

「ノーブルでも、新年には村中にこのお菓子を配るんだ。一つだけにそら豆を入れて、当たった人には幸運な1年が訪れる……ってね」
私は一度も当たらなかったけど、と苦笑する彼女―――サファイアの手には、昨年末の閉城式、所謂仕事納めの日に、レムオンが持ち帰った焼き菓子がある。
「こちらでも似た様なものだ。入っているのは金貨だが」
「へえ?」
話半分に相槌を打って、サファイアはそれを口に運ぶ。
新年の挨拶の為、嫌々ながら顔を出した彼女だが、思い出深い食べ物を前に、憂鬱さも吹き飛んでしまったらしい。
「王家に伝わるという、2つに割った金貨を焼き込んで、閉城式で配るのだ」
「ふうん」
「引き当てた2人は、幸運か否か知らんが、余興として…」
「……として?」
「年明けに行われる開城式で………」

…菓子にかぶりついたまま動かない義妹に、ふと嫌な予感に駆られ。
レムオンが目で促すと、サファイアはゆっくりと焼き菓子を口から離し、それを手で割って―――半分だけの金貨を取り出して見せた。

「―――新郎新婦の仮装をせねばならんのだ、この大凶女! 何処に運を捨ててきた!?」
「これを持ってきたのはあんただろ!? そんな変な慣習続けるな、バカ貴族!!」





年明けの長閑な空気は何処へやら。
件の喧嘩から30分後、王宮に駆け込むリューガ家兄妹の姿が見られた。
形だけの閉城式があったとは言え、現在ロストールはディンガル帝国と交戦中。軍備の増強等に追われて、殆どの貴族は、休みもせず登城しているのが現実である。レムオンも、食事を終えたらすぐに来る予定ではあった。
しかし、切羽詰った形相の彼と、何より隣に並ぶノーブル伯を目の当たりにして、周囲は驚きに足を止める。
慶賀の時である故に、2人とも正装なのだ。
特にサファイアは、レムオンが特別に誂えた女性用の騎士服を纏っているので、凛とした居住まいに洗練された華が加わって、えもいわれぬ美しさである。
貴公子然とした兄妹が、颯爽と歩く姿に、人々は目を奪われるばかり。
…尤も、着ている本人は、
「こんな服でさえ窮屈なのに、ウェディングドレスなんて着られるか!」
等と、怒り心頭なのだが。
「我慢しろ。とにかく、金貨の片割れを持つ相手を見つけるのが先決だ」
「解ってるよ。何処から回る?」

開城式の余興には参加しない。
その為に、もう半分の金貨を当てた相手を見つけて、説き伏せる。

…これが、兄妹の下した結論だった。
レムオンは、義妹を王宮の行事などに参加させて、ボロを出させない為に。
サファイアは、期限の迫った人命救助依頼を抱えている事と、“貴族の馬鹿げた慣習”に付き合う気がさらさら無い事から。
後者は始め「すっぽかす」と主張したのだが、それだと十中八九、レムオン或いはエストが代理で花嫁役を演じねばならず、「そんな恥を晒す位ならお前を出した方がマシだ」と言い張る前者に、止むを得ず取り下げたのである。
となれば、後は相手を探し、
「一緒に主催のエリスに陳情して取り止めさせるか、揃って蒸発するかだな」
「その選択肢もどうなんだ……第一、本当に2人揃えば止めて貰えるのか?」
「過去にあったそうだ。対立する家の当主同士に当たったのが知れて、新年早々刃傷沙汰になり兼ねないというので、中止したらしい」
「……? 待てよ、女の人は当主になれないよな……ひょっとして、男同士や女同士の組み合せもある訳?」
「適当に配るのだから当然だろう。お前は偶々、花嫁役の金貨が当たったが、男女の役が逆転する年もあるのだぞ。そういう取り合わせが楽しいらしいが」
「………解んない」
「俺もだ」
こういう時だけは馬の合う、妙に頭の固い義兄妹である。
「じゃあ、もし後一枚がティアナ様に当たってたら、ティアナ様と私が並ぶんだ?」
希望を見出すサファイアに、だがレムオンは「それは無い」と言い切った。
「国王一家には配らん。王家を楽しませるのが目的の余興だからな。それに、婚約者のいるティアナに他の男が当たったり、うっかり俺とエリスが組む羽目になってみろ。洒落になるまい」
「…寒過ぎるな……」
「その代わり、他は七竜家の当主から園丁に到るまで、王宮のあらゆる人間に配られるからな」
長い道のりを思い浮かべて、サファイアはげっそりと肩を落とした。
しかし、七竜家当主との言葉に、ふと想い人を連想し、
(もしかして、金貨があの人に当たってたら……)
等と、年頃の少女らしい空想に耽ってみる。
その耳を、レムオンがぐいと引っ張った。
「痛っ!」
「心配しなくとも、あの男は持ってない。閉城式自体に来ていなかったからな」
「何で分かるんだよ…。でも、一応確かめた方が良くない?」
「日々の執務すら放り出して、ほっつき歩いている男だ。必要ない!」
その言い様に立腹しながら、尚も未練たらしく総司令官の居室の方角を振り返る妹に、レムオンはつ、と目を細めた。

「…タルテュバに当たった、という可能性もあるのだぞ」

タルテュバの隣で祝う新年。…笑えない。
「冗談じゃない! おい、とっとと探すぞ!」
「先刻からそう言っているだろうが!」
忽ち歩みを速める2人組を、人々は遠巻きに眺め、さて何事だろうと無責任に囁き合っていた。



そうして開始した捜索だが、金貨の所持者は、なかなか見つからなかった。
七竜家の本家の人間に始まり、その従卒や配下の兵士、勿論女性達にも聞いたのだが、目下、首を振られ続けている。
聞く側も聞く側で、断るつもりという事もあり、単刀直入に「金貨を持っていないか」と問うので、あっという間に今年の花嫁役がノーブル伯だと知れ渡ってしまった。
それにも関わらず、当たったという申し出は元より、噂も聞かないのはどうした事か。
義妹の疑問に、「そういう仕来たりだからな」とレムオンが呻く。
「金貨を当てた者はめいめい、式を主催する王家に密かに申し出る。すると衣装を調えられ、開城式で初めて相手に引き合わされ、周囲に晴れ姿を見せるのだ」
「何だ、じゃあ王家の誰かに聞けば手っ取り早いんじゃないか」
「先の刃傷沙汰未遂の教訓もあって、口が堅い。浮かれてそうな奴を捕まえて聞くより他に無い」
サファイアはその返答を聞くなり、渋面を更に険しくした。
「…永遠に出てこない気がするんだけど」
「心配するな。七竜家の本家ならともかく、分家の奴等がリューガに近付く機会を逃すものか。必ず名乗りを上げる筈だ」
…普段なら、この辺りで嫌味の一つも出そうなものだが、流石にレムオンも疲れているらしい。会う人間悉くに、新年の挨拶に託けてくだらない話を聞かされるのだから、当然とも言える。
それでも、城のメイドに持ってこさせた葡萄酒を呷ると、すぐに腰を上げた。
「とにかく、次はその分家に聞く番だ。行くぞ」
「…あんた、意外に体力も気力もあるな……」
半ば諦め気味のサファイアが、渋々それに続く。こちらは貴族の与太話を横で聞いただけで気力を削がれたらしい。
「お前は意外と根性が無いな」
「何だと?」
言い返そうとして―――何せ彼女、冒険帰りの身で酒場の年越し祝いに参加し、夜を徹して騒いだ後、眠る仲間達を宿に置いて、リューガの屋敷へ来たのである―――、サファイアはふと、こちらへ駆けて来る若い男に目を留めた。



金貨の片割れを手にしたその青年は、予想どおり、数多い七竜家の分家の1つに属する人間だった。
「ノーブル伯とご一緒出来るなんて…! こんなに光栄な事はありません!」
ひょろりとした風貌に眼鏡の似合う、如何にも文官的な―――だがサファイアから見れば、義兄より遥かに好青年に映る―――相手が、感激に溢れて手を握ろうとするのを、横からレムオンが留める。
「現実を知らずに喜んでいる所を、邪魔して悪いが」
「おい、現実って何だよ?」
「腐っても鯛と言うか、がさつで口も悪くてその辺の男より乱暴で、貴族の自覚など欠片も無く冒険に遊び呆けているのに、ノーブル伯等と讃えられているこの女だが、実は先約があって……」
目標を見つけて安心した途端、立て板に水を流す勢いで嫌味を並べるレムオン。
その向こう脛を蹴ろうとして、サファイアは、視界の端に動きを捉えた。
「……?」
振り向いた先、柱の並ぶ廊下には誰も居ない―――だが。
「サファイア?」
「悪い、ちょっと此処任せる。…失礼」
訝る男2人を残し、女騎士は列柱の陰に消えた誰かを追って、走り出す。

徹夜明けで疲れていても、脚力はそう落ちるものではない。
程なくしてサファイアは、1人のメイドに追いついた。
「―――あの? 先刻、私達の近くに居ましたよね?」
声を掛けられた方は、驚いて悲鳴を上げそうになり、だが相手がノーブル伯とみて、慌てて口を押さえる。
まだそばかすの目立つ、若い娘だ。
先程の眼鏡の青年と同じ位の年頃かもしれない。
「ごっごめんなさい! 覗き見するつもりはなくて、その……」
「…もしかして、あの方とお知り合い…とか?」
途端、あからさまに動揺する彼女を見て、サファイアは確信を深める。
―――つまり、知り合い以上という事か。
「違うんです! ただ、親の代からあの方のお屋敷に務めさせて頂いてて……」
「それが、何故王宮へ?」
「…あの人が出仕するお歳になって、お屋敷では会えないから、それで………」
話す内に、メイドの言葉はどんどん萎んでいく。
「…ごめんなさい、おかしいですよね。身分違いなのに……あの人は貴族で、私は只の使用人。こちらを向いて貰える訳ないのに」
「そんな事……」
「いいんです。やっぱりあの人には、貴族の女性がお似合いなんだわ。…サファイア様、良かったらこれを機に、あの人を贔屓にして下さいね。そのまま結婚できたらどんなにか……」
「ちょっと待って」
早くも涙ぐむ彼女を、肩を掴んで制し、サファイアはようやく会話の主導権を得た。
色々突っ込みたい所はあるが、とにかく、要点は一つ。
「その事で困っているのです。実は私、人命救助の仕事を任されてまして、とても開城式の日までロストールには居られないんです」
ノーブル伯の冒険好きと、それに纏わる武勇は、王宮でも有名だ。
「まあ」
「ですが、伝統ある行事を中止する訳にはいかない。違いますか?」
「え…ええ」
「そこで、どうでしょう? 私の代わりに花嫁役を務めて頂くというのは」
「………ええっ?」

―――渡りに船とは、この事だろう。
機会を逃すまいと、サファイアは先手を打って跪いた。驚くメイドの手をそっと包み、慈しみを込めて見上げる。
敬愛する上司の見よう見まねで習得した、女殺しの技だ。
「…彼とて、話した事も無い男勝りの女より、顔馴染みの優しい、美しい女性に、隣に並んで欲しい事でしょう」
取って置きの優しい声音に、メイドはうろたえて頬を染める。
「まあ、そんな……でも」
「―――哀れな騎士に、どうかお慈悲を」
とどめとばかり、その指先に軽く額づくサファイア。
王宮で一番人気の騎士から、まるで昔話の姫君の様な扱いを受けて、メイドはぽうっとなったまま、その申し出を承諾したのだった。



「―――代わって貰える事になった」
メイドを伴って戻った妹の報告を、レムオンは、ほっとした表情で受けた。
どうやら、生真面目な青年が「新年の大切な行事を中止するなんて、とんでもない」と主張するのに、手を焼いていたらしい。
その向こうで、当の眼鏡の青年は、メイドを見るなり驚きの声を上げた。

「どうして此処に!?…もしかして、僕に会いに来てくれたのかい?」
「迷惑だって、わかってたけど……せめて近くに居たかったの」
「迷惑な筈があるもんか! 君と居られるだけで、僕は……」

「……なんだ、相思相愛じゃない」
「生真面目と言うより、単にロマンティストなだけか………」
恋人達の世界の横、取り残された兄妹は、顔を見合わせて溜息を吐く。
しかしながら、これで開城式の催しのめどは立った。
対ディンガル戦の英雄で、何より王宮の人気者であるサファイアが、式を欠席する事に、不満の声もあろうが、彼女を他の貴族にに関わらせたくないレムオンが何とか言い逃れるだろう。
新郎新婦役の2人も、問題なく演じてくれそうであるし、ひょっとしたらこれがきっかけで色々と進展するかもしれない。
その暁には、リューガ家の兄妹に、仲立ちをしたという事で新たな名声も加わろうが、其処までは彼等も与り知らぬ話である。
「何にせよ、解決はしたよな。もう冒険に出ていいだろ?」
「気楽なものだな。…まあいい、俺も帰ろう。今日は疲れた」
「同感」

ちらと視線を向ければ、身分違いの恋人達は、未だ悲劇に浸っている。
「竜王様がお許しにならないわ、こんな私達……」
「そんな事ないさ、現にこうして、金貨が僕等を結び付けてくれたじゃないか」
「ああ、どうしてこの世に身分の壁などがあるの?」
…恋に落ちた者達は、周りが見えなくなるという、格好の例であろう。

「…幸せなのはいいけど、半日駆けずり回ってこの結末って、何だか微妙だな……」
「タルテュバと結ばれるのと、どっちがましだ?」
「まだ言うか?」
呻きつつ、サファイアとレムオンは、何故かこの日一番の徒労感を覚える様な光景に背を向けた。



…尤も、もし彼等に予知能力があれば、最後まで留まったであろうが。



「―――でね、サファイア様ったら、それはもう素敵だったのよ」
「レムオン様にもご自慢の妹君だろうなあ。…ねえ、これは内緒の話だけれど、レムオン様と2人で話しした時、花婿役を代わろう―――って申し出られたんだよ。『不肖の妹の相手をさせるのは気の毒だ』なんて仰ってたけれど、あれは絶対に心配したと見たね」
「まあ! そう言えば先の戦の折も、王妃様の元へ怒鳴り込んだとか」
「今日だって、ずっと一緒について回って。余程サファイア様が可愛いんだね」
「一時も離れたくないんだわ。手放すなんて考えられないでしょうねえ」



…その日の内に、“リューガ家の麗しき兄妹愛”とやらは、“禁断の愛”へと誇張されて、王宮中に広まったのである。



開城式当日、それを聞いた片方は、思わず先祖代々の双剣をへし折りかけ。
更に数日後、救助依頼を達成して無事王都に帰還したもう片方は、その噂を伝え聞くや否や、
「あの男を確実に消せそうな暗殺術、教えてくれない?」
と真顔で問うて、仲間達を困らせたとか何とか。



そんな騒動の内に、新春を祝う雰囲気も過ぎ去り。
気が付けば、新しい年は既に日常に溶け込んで、その暦を繰り始めていた。




 


また適当な催しをでっち上げてしまいました;;
お菓子のモデルは、フランスなんかで新年に配られるガレットです。
入れる幸運のシンボルは、陶器だったりするそうです。クリスマスプディングには金貨でしたっけ?
そら豆も何かで読んだんですが…あんまし美味しくなさそうですね(苦笑)。
ともあれ、Un-happy New Year!(それ祝ってない)


SS部屋



おまけ