レッツ☆らぶらぶ大作戦! 〜その名は○○○ぃ・後日編2〜


その夜。
宿屋の向かいにある酒場では、ソレイユを挟んでアンギルダンとサファイア、それに謎の妖精が、和やかに語り合っていた。

妖精は、物静かなソレイユを気に入ったのか、ぴいぴいと纏わり付いて離れない。
「随分懐かれておるな、ソレイユ」
「Pi!」
老将が目を細めて笑うのに、ソレイユははにかみ、妖精の髪を弄り回す。
…懐いた妖精の前科を知っていて、冷や冷やしているのはサファイアだけだ。
幾ら頼みの綱とは言え、この古風で奥ゆかしい2人には、人前であまり過激な展開になって欲しくないのである。
(こう、手が偶然触れ合うとか、見つめ合うとかだけでいいから!)
…何処までも甘っちょろいと言うか、本人が一番古風と言うか。
そんな彼女の願いを他所に、妖精は、何やらソレイユにせがみ始めた。
「Pi、Pi―――!」
「なあに? それが飲みたいの?」
ソレイユが微笑んで手に取ったそれは、果実酒の瓶であった。グラスに注ぐと、甘酸っぱい香りが辺りに漂う。
ソレイユはそれを、妖精の為に出された、飾り物の小さな器に移した。
「Pi〜☆」
幸せそうな笑みを浮かべ、こくこくと飲み干す妖精。意外に飲めるらしい。
(…それとも、弱いお酒なのかしら?)
首を傾げる少女の前で、妖精がほう、と息を吐く。
「美味しい?」
「Pi!」
その笑顔が、とろけそうに可愛かったので。
「―――ソレイユ!?」
ソレイユは釣られて、つい口に運んでしまった。
少女の甲斐甲斐しさに見惚れていたアンギルダンが止めても、もう遅い。
「……あ、れ……?」
平衡感覚を失い、ぱたり、と老将の腕に倒れこんだソレイユ。
そのまま、寝息を立て始めてしまった。
「そ、ソレイユ? 大丈夫か、しっかりせい!」
慌てるアンギルダンの傍ら、捨て身でリキュールを飲み、やはり撃沈した妖精を見て、サファイアが「其処までしなくても…」とそっと涙を拭っている。
しかし泣いてばかりもいられない。妖精の遺志を無駄には出来ない。騎士として。
「という訳で、私は先に失礼しますね。おじさま、お休みなさい」
「何が『という訳』なんじゃ!? これ、待てサファイア!」
サファイアが妖精を手に出て行くのを、為す術も無く見送るアンギルダンである。
だが彼女は冒険から帰ったばかりで疲れていよう。無理に引き止めたくはない。
だがしかし。
「………………」
近頃めっきり女性らしくなったソレイユを胸に抱いたまま、アンギルダンは途方にくれて、カウンターを見つめる他無かった。



「―――済みません!! アンギルダン様、申し訳ありませんでした!!」
「いや、それは構わんから……」
翌朝、宿屋の一室で起こった騒ぎに、「なんだなんだ」と他の部屋に泊まっていた―――と言うより待ち構えていた―――面々が、顔を出す。
果たして、其処には猛烈な勢いで頭を下げる少女と、右往左往する老将が居た。
「何だぁ? ソレイユお前、とっつぁんを襲いでもしたのか?」
ルルアンタに足ぐらい踏まれる覚悟で放った、ゼネテスの冗談に、ソレイユは元よりアンギルダンまで身体を強張らせるのを見て。
ゼネテスを殴ろうとした一同は、動きを止めた。
「……え、まさか」
「ちっ違います!! アンギルダン様が、酔って眠ってしまった私を運んで下さって……ご迷惑をお掛けして、それだけですっ」
「……うむ、それだけ……じゃな………」
目を逸らしたアンギルダン、その首にゼネテスががし、と腕を回す。
(ソレイユにゃそれだけでも、起きてたとっつぁんはどうだかなぁ)
(ば、莫迦者! 断じてそんな無体な事はしとらん!)
(わかんねーぞ、何せソレイユは可愛いからな、イタズラ心の一つや二つ……お、どうしたい?髭まで紅く見えるぜ、とっつぁん)
(うるさい!!)
相手の襟首を締める老将は、相当動揺している。思い当たる事でもあるのだろうか。
「ま、いいけどな。どうせならもうちょい進展しても良か……ぐっ」
調子に乗る男のあばらを、サファイアがぷすりと突く。
只でさえこの部屋、冒険者の安宿では有り得ない上等な布団やら二人用の枕やら、サービス良く置かれた水差しやらで、意図があからさまなのだ。
余計な事を言って、2人を警戒させたくない。
…何より、アンギルダンのソレイユに対する意識が、はっきりと異性に対するそれになった、それだけでも充分な成果ではないか。
ソレイユの気持ちは変わらないのだから、思いが通じ合うのも、そう遠くはあるまい。

(長かったよな)
(長かったねえ…!)
2人に見えないよう、ガッツポーズしたり感涙に咽んだりする仲間達。
それらに気付かないのか、アンギルダンがゴホン、と咳払いした。

「ああ…ところでな、ゼネテス、それにサファイア」

その顔が未だ赤いまま、しかも何事かを躊躇っている様子なのに、名を呼ばれた2名は勿論、ソレイユや他の仲間たちも、息を詰める。

―――まさか、他の色んなものをすっ飛ばして、結婚宣言か!?

“色んなもの”より結婚が先では、と誰も突っ込まない辺り、彼らも相当毒されている。
そんな皆の期待に満ちた目に戸惑いながら、老将は、重い口を開いた。

「……その……外で、というのは、あまり……感心せんのだが………」

「…外?」
「外って??」
瞬く旅仲間達の中で、表情を変えたのは当の2名。
「………………おい、まさか……」
「あ……んの妖精エェーーーっ!!」



サファイアの絶叫が宿屋の表まで響いた頃、向かいの酒場では。
「Pi〜〜〜♪」
酔った弾みで本を置き忘れた妖精が、アンギルダンが座っていた席にそれを見つけ、安堵と喜びに舞い踊っていた。
…そう、酔っ払っていた妖精にも、無防備に眠るソレイユから気を逸らすつもりで覗いてみた老将にも、決して罪は有るまい。
例え、妖精の書き言葉が、古代エルフ語に近かったとしても。
大陸中を冒険し、エルフの友人も多く持つアンギルダンが、その古代エルフ語を少なからず理解できたのだとしても。

「…って、読めたのかよ…。流石だなとっつぁん」
「まあ、おおまかな流れはな」
恐るべし、アンギルダン・ゼイエン。
バロル時代から生き残ってきた遍歴は、伊達ではない。
「ソレイユが好きになるだけ、あるよねぇ…」
頷くルルアンタの脇で、カルラがつつ、と元同僚に擦り寄った。
「…それでそれで? どんな内容だったの?」
「うむ、それがな……」
「聞くな!そして話すなあぁっ!!」
涙交じりの怒鳴り声と同時―――。
冒険者の宿屋は、爆砕した。







…妖精が書き留めた冒険者達の記録が、ギルドを始め様々な冒険者施設を賑わすゴシップ記事の原稿になる事、中でも名高い“竜殺し”の話題は需要が多い事を、サファイアが知らないのは、不幸中の幸いかも知れないし、そうでないかも知れない。
それは本人にしか分からない。

ただ、その記事に近い将来、大陸に名だたる将軍とその相棒とのロマンスが載せられるであろう事―――。
それだけは、間違いない話である。




ソレイユさんだけでも幸せにしたかったのですが。
(多分初めて)お約束の爆発で締め括れたのが、個人的には快挙かな、と。

よん様、こんな物貰って下さって、ありがとうございます;;



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