第2週:『真・レジェンド刑事』最終章その4
「フォーエヴァー・ジャスティス」後編


上りに使ったエレベーターは、電源を切られたのか動いていない。
レムオンは鋭く舌打ちして、非常階段を探すべく駆け出そうとした。その腕の中でサファイアが小さく呻く。
「レ…ムオン、ちょ、どっか止まって……」
「止まれるか。時間が無いのだ」
「頼む、吐きそう……」
そう言われて流石にレムオンが足を止めたと同時、サファイアは咳き込み、大量の血を吐き出した。
「!」
レムオンは驚いて、彼女を下ろすとエレベーター脇の壁に寄りかからせる。
先程撃たれた傷を検め―――言葉を失った。

「…あの人…さ、絶対あんたより射撃、下手だよな……」

サファイアが目を閉じたまま、血に汚れた唇を震わせた。
笑ったつもりだろうか。
「よせ、喋るな」
「何か、喋ってないと…っ、辛いんだよ…」
鮮やかな血の色とは対照的に、脂汗の浮いた肌は透ける様に白い。
“ドール”と同じく―――否、それよりも。

どうする事も出来ず、レムオンが只その頬に両手を添えていると、サファイアは僅かに瞼を持ち上げた。
…ああ、この目だ、とレムオンは思う。
いつだって、己の計算と違う事をしでかす彼女。
どんなに腹立たしくとも、この強気な瞳が見上げてくれば、風に攫われた様な清々しい気持ちになれたのに。
「…私、ここで休んでるからさ。あの“ドール”達を追えよ」
―――ああ、そしてまた無茶を言うのだ、この女は。
「冗談を言え。お前を此処に置いていけるか」
レムオンが言うと、サファイアは只でさえ苦しそうな顔を益々顰めた。
「それこそ冗談だろ……あんた何時から、私を気遣う様な、甘ちゃんになったんだよ」
彼女とのそんな応酬は、常に反射的なものだったので、こうして言葉を選ぼうとすると、何と返せば良かったのかまるで思いつかない。
「……おい、頼むから、そんな困った顔するな。私が困る……っ!」
ぐ、とサファイアが身体を折った。
レムオンは慌ててそれを支え、彼女が荒い呼吸を繰り返すのを、息を詰めて見守る。
それに気付いて、サファイアは顔を上げ、持てる力を振り絞って微笑を浮かべた。

「……行けよ。私は、大丈夫だから」

一言ずつ、囁きを押し出す。
服越しに伝わる指の冷たさは嘘だと、言い張るかの様に。

「しかし」
「ほら…あんた、何の為に刑事になったんだ」
その言葉は、一連の出来事で凝り固まった様なレムオンの胸を揺さぶった。
「正義の為、だろう? 実家だろうと…何だろうと、マフィアを許さない為だろう? 血なんて関係ない、あんたはあんただ。私の、相棒の、刑事だ……」
「………………」
「此処で、取り逃がしたら、…本末転倒じゃないか。だったら早く行け。あの綺麗な人を、不幸にするつもりか?」

―――いつだって、自分の真実を言い当てる彼女。

バタバタバタ、と窓の外で轟音が響く。ヘリが近付いてきているのだろう。
血の気の引いた唇を引き結んで、レムオンは立ち上がった。
レボルバーから愛用の銃を取り出し、装填する動きを、大地色の目がまだ微笑んだまま追っているのが分かる。
「…すぐに戻る」
「分かってるよ」
笑みを交わすのは、突撃をする前の彼等の儀式。
どんな甘やかな絆よりも確かと感じられるそれ。
相棒の靴音が広間の向こうに消えると、サファイアはゆっくりと目を閉じた。

先程“ティアナ”達が消えた方角へと走り、小さな通路を見出す。
突き当たりの扉を蹴破り、階段を駆け上がると、屋上のヘリポートでは“ティアナ”を載せたヘリが今まさに扉を閉じんとする所だった。
身を隠す事もせず、レムオンはそれを目がけて走る。
ヘリから放たれる小銃を長い銃身で弾き、強風に束ねた髪を煽られながら、射程距離に踏み込んで立て続けに10発撃った。
操縦士。ベルゼーヴァ。先程の女2名。エンジン部分に3発。
それから―――。

確実に仕留める為、思い付く急所全てを撃った相手がゆっくりと倒れるのを、ビルのタンクの陰に飛び込みながらレムオンは見た。
絹糸の様な金髪が血に染まる光景に、硝子が割れるのに近い感覚を覚えはしたが、相棒が倒れた時ほどの衝撃は、何故か感じなかった。

青年が物陰に転がり込むのに一瞬遅れて、ヘリコプターが大音声を上げ、炎上する。
凄まじい熱風に顔を伏せる内、別のヘリの音が響いてきた。
「レムオンさん!! 早くこっちへ!!」
捜査一課の仲間達が、ヘリで駆けつけたのだ。
レムオンは走り寄り、縄梯子に手を伸ばすが、掴んだ瞬間今度は足の下から爆音が響く。
「うわっ! 急げレムオン!」
「判っている!!」
驚異的な力ではためく梯子を上り、セラに引き上げられてヘリに乗り込むレムオン。
振り返ると、超高層ビルはその窓から3つ4つと―――先程ヘリが居た側からも火を噴き、地響きを立てて崩れんとしていた。
「やべ、サファイアが危ねえ! おいレムオン、あいつどの辺だ!?」
ヴァンが怒鳴るが、応えは返らず。不審に思った皆が振り返ると、青年は無言で、ただ微かに首を振るだけだった。
「え―――………」
「…まさか、そんな」
嘘だ、と皆が怒鳴り出したい衝動に駆られたが、誰が一番苦しんでいるかはレムオンの顔を見れば判る。

ヘリが沈黙に支配されそうになった時、ナッジがふとポケットを探った。
「そうだ、レムオンさん―――これ」
「?」
差し出されたのは、彼等の身分を示す小さなバッジ。
組織に潜入する為、レムオンが署に残してきた物だった。

「へへ、やっぱあんたには、それが無いと物足りねーよな」

涙を堪えながらヴァンが言った、その何気ない言葉に、胸の痛みを束の間忘れさせられながら、レムオンは「そうか」と微かに笑うだけであった。


 


アップ遅れてごめんなさい;;これにて終了です。長かった…。
また嬢が死んじゃいましたけど、レムオンが生き残ったからいいや。
ともあれ、お付き合い下さってありがとうございました。

…実はゼネテスが死んでなかったり、
女主はゼネさんに助けられるものの蘇生にドール用の麻薬を使われたり、
ネメアの受精卵は既にローム社(あの方の名前を変換したら社ロームになる;)に
送られていて、レムオンがまた潜入して取り戻さなきゃならなくなったり…等々
何だかメト○イドみたいな展開のセカンドステージも考えてるのですけど、
20日までに終わるわけないので強制終了。


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