第2週:『真・レジェンド刑事』最終章その4
「フォーエヴァー・ジャスティス」前編


好きに通うがいい。
そう言ってベルゼーヴァに押し付けられた、ビル最上階の広間専用のカードキーを、レムオンは今初めて取り出す。

もしかすると、ベルゼーヴァには全て知られていたのかも知れない。
彼が警察である事も、彼の出生の秘密―――前警視総監とマフィアの女性との間に産まれた子である事も。
孤独な幼年時代を、人形の様に美しい金髪の少女に癒された事さえ。
その少女をマフィア同士の抗争で喪い、更に介入した警察がレムオンの存在を知って誘拐同然に連れ出してから、彼はそれまでの記憶全てを閉ざして生きてきた。
だが結局、“ドール”の情報は何一つ、サファイア達に明かせなかった。
ベルゼーヴァはそうと見越して、彼にある程度の自由を与えていたのか。

今夜のオークションの為に全ての“ドール”が出荷されたので、大広間には塵一つ落ちていない。
レムオンは其処を足早に突っ切り、件の小部屋の扉に数字を打ち込んだ。
この部屋の主は今夜、ベルゼーヴァら幹部達に連れられて、国内の別工場に移る。他の“ドール”が売り捌かれるのも、余分な荷を減らす為だ。
祈る様な気持ちで扉を開くと、“ティアナ”はまだ其処に居た。
幼い頃の面影を残したまま、だがレムオンが前に立っても、硝子玉の様な瞳を揺らしもせぬまま。
初恋の少女を作り物にされた事に、苦い程の怒りを覚える青年だが、入口に差した人の気配で我に返る。
「―――まいったな。お前が先に着いてるとは、遊び過ぎたかね」
…余裕すら伺わせる口調が、飄々とした笑みが、またもレムオンの記憶の底を爪立てて浚う。
どんなに殴り合っても、決して敵わなかった年上の少年。
「…ゼネテス……」
レムオンが憎々しげに呟くと、男は肩を竦めて応じた。
「そんな目で見るって事ぁ、俺の事も覚えてるのかい? 嬉しいねえ」
「近付くな」
部屋に入ってくる男を見て、レムオンは“ティアナ”の後ろに回り、肩を抱いてそのこめかみに銃を突き付ける。
「おいおい、乱暴に扱わねえでくれよ。幹部の奴等にとっちゃ大事な人形なんだぜ」
「貴様にとっては何でもない、とでも? 血の繋がった妹だろう」
「十年以上も前に死んだ…な。生憎、俺は生きてる奴への興味で精一杯なんだ。お前の相棒とかな」
「―――サファイアは何処だ」
それこそ、レムオンが最も質したい事であった。
青年が瞳に殺気を込めるのと対照的に、ゼネテスは益々笑みを深める。
「フフ、やっぱり俺の勝ちだな。あいつはお前が絶対助けに来ないって言い張ってたぜ」
「答えろ。あの女は何処に居る」
「寝てるよ。俺のベッドでな」
事もなげな台詞の真意に気付いて、レムオンの顔色がはっきりと変わる。
「あんなイイ女に手出ししねえなんて、お前、随分身持ちが固ぇのな」
「貴…様ッ……」
「それとも、親父さんの事がトラウマかい?」
「―――黙れ!!」
レムオンは激昂して銃口を男に向けた。
「撃つか? けどお前、俺の部屋が何処だか知らねえだろ。 幾らベルゼーヴァでも、総帥だと認めたくもねえドラ息子のプライヴェートルームを教えるたぁ思えねえな」
男はそう言って、レムオンが銃床を砕けんばかりに握り締める様を、面白そうに眺める。
「…総帥の自覚があるのなら、何故警察に化けた? ご丁寧にも同じ名前の男に」
「そいつはちょっと違うな。元々あいつは俺の身代わりだったのさ」
「何だと?」
「使えず、人望も無く、それでいてお前の名前ばかり口にさせる。ロストール署で何か面倒が起こった時―――つまりあんたが動き出した時、手伝いと称して厄介払い出来る様にな。今頃本庁の奴等は、“ゼネテス”が名声欲に駆られて勝手に死んでくれたと、泣いて喜んでるだろう」
「…俺を監視する為だけに、人ひとりの人生を犠牲にしたという訳か。流石にファーロス家はやる事が違うな」
「女を暴行した奴を総監に頂く様な組織に、言われたかないと思うぜ?」
「………」
「それにお前も、結局はマフィアの血から逃れられなかったんだろう?」
ゼネテスの言葉に、違う、と思いながらもレムオンは唇を動かせない。
潜入中、時計も感覚も捩れた様な毎日の中で、サファイアから届く手紙だけが己の使命を思い出させる唯一の手段だった。
それが無ければ、彼は疾うにこの暴力的な空間に染まっていただろう。
警察よりも遥かに居心地が良い、本能に訴えかける様なこの場所に。
逡巡を漂わせるレムオンの目を見ながら、ゼネテスはゆっくりと左手を伸べた。
「無理に戻れとは言わん。だがその姫さんだけは返してくれ。じゃねえと、狂っちまう奴が結構居るんだ」
「…サファイアを返す方が先だ」
「なに……言ってんだ馬鹿、さっさとその人を殺せ…!」
割り込んだ掠れ声に、二人の男ははっと振り向く。
部屋の片隅、先程まで只の壁であった部分が、何時の間にかぽっかりと開いていた。
その壁に凭れて息をつく人影。
「サファイア!!」
自らの声が悲鳴の様で、レムオンはつい息を呑む。
それ程に彼女は傷め付けられていた。
服は破れ、露わになった肌は痣の様に変色している。血を滲ませる部分さえ見えた。
「…大人しくしてろっつったろう? しょうがねえな」
耳に拾った声があまりに優しいので、驚いてそちらを見たレムオンの目に、火を噴く銃口が映った。
「―――ッ……!」
視界の端で、ドサ、と女が倒れる。
「サファイア!……貴様!」
「急所は外した。だが次お前に撃たれると、外す自信はねえよ」
ゼネテスは流れる様な早口で言いながら、視線も銃口も、ひたとサファイアの心臓に当てている。
幾度か死線を潜り抜けてきたレムオンには、相手が本気で撃つつもりなのが解る。
あくまでも威嚇射撃である警察と、殺し屋の違いだった。
「取引だ。姫さんを返してくれたら、撃たねえでおいてやる」
「……レムオンは、そんな取引、乗らない……」
女刑事が身動ぎし、視線だけを彼等に向ける。
「レムオンは、あなた達とは違う。そんな卑怯な手には乗らない。…誰よりも潔癖な奴なんだ。私を見捨ててでも、正義を貫くさ……」
「…なら、お前さんはもう用済みなんだな?」
男がガチャリ、と撃鉄を起こすのを見て、レムオンは咄嗟に叫んだ。
「やめろ!!」
“ティアナ”を突き飛ばし、倒れたままの相棒に駆け寄る。
銃口から庇う様にして、驚いた顔のサファイアを抱き上げた。
「この…バカが! いつもいつも俺の予定を狂わせて…!」
「…そ、りゃ…こっちの台詞だ。何で撃たないんだよ……」
サファイアは途切れ途切れに応じるが、はっと身体を緊張させる。
気付いてレムオンがその視線を追うと、ゼネテスが、部下らしい2人の女性に“ティアナ”を連れ出させる所だった。
「待て! 何処へ……」
「移動させるのさ。お前さん達も早く脱出しないと、このビルは崩れ落ちるぜ」
「な、に…?」
「“ドール”の製作、及び今回の大量売却の証拠を無くす為にな。レムオンは知ってるだろう?」
レムオンは、向けられた意味ありげな微笑に、ぎりと唇を噛む。
腕の中から注がれる訝しげな視線が、痛い。
「潔癖、ね。お前さんのそうやって無条件に人信じるクセ、やめた方がいいと思うぜ」
サファイアはそれに何か言い返そうとしたが、急に抱き上げられた驚きで霧散した。
「ちょ、何やってんだよ! 追うぞ!」
「煩い! 今はお前が先だ!」
怒鳴りつけると、レムオンは彼女を抱えたまま小部屋を飛び出す。
ちらと横目に見た男は、その場に留まるつもりか、片手を上げてこちらを見送っていた。


 


最終回で全部収拾つけるつもりだったら、1ページに収まりません。ひい;;
しかしうちの娘はホンット馬鹿ですね。出て行く奴があるか。


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