Go Go 百合街道 -サファイアの受難-
 

  某月某日
  新しくノートを買ったので、記録ついでに覚書もしておこうかと思う。
  そうそう、これはリベルダムで買った。流石に商人の町は品揃えが良い。……



「こらーーーっ!! 何やってるのぉ!?」
怒鳴り声に身を竦めたのは、ヴァンとナッジ。
恐る恐る振り返ると、部屋の入口にルルアンタが仁王立ちしていた。
「それ、サファイアの持ち物じゃない! 勝手に見ちゃ駄目でしょお!?」
「いけないんだぁ、女の子の秘密覗いたりして」
その後ろに立つエステルも、呆れ顔である。
因みに、当の持ち主は居ない。荷物をこの宿に置いて出かけたのだ。
ルルとエステルも、一緒に行こうと誘われたものの、悪戯好きの少年達が残ったのが気になって、戻ってみれば案の定、この有様である。
「いや〜だって、サファイアの奴、結構色々メモしてるじゃねえ? 俺らの事も書いてるのかな〜とか、気になってさあ……」
言い訳がましいヴァンから、保護者愛用の手帳を取り上げ。ぷんすかと怒るルルアンタだが、たまたま開いたページに目が釘付けになる。
「7月30日?……あーっ、ルルの誕生日って書いてある! 覚えててくれたんだぁ!」
「うそうそ、もしかしてボクの事も書いてあったりする? 12月、12月!」
「12月…31日! うわーい、あるよぉ!」
「…しっかり読んでるじゃねーか…」
半眼になるヴァンを、まあまあ、とナッジがおさえる。
「あはっ、『錬剛石 要確保』だって! 武器を鍛えたいって言ったの覚えてたんだ……え、『新しいゴーグル』!? 嘘っ、やだサファイアったらもう!!」
照れてばしばし、と隣の少年達を叩くエステル。
「いたた……何でエステルが照れるのさ」
「だって、好きな子からプレゼント貰えるなんて、嬉しいじゃない!」
…今、何かが奇妙に捻じ曲がった気がするが、誰も気にしない。
彼等のリーダーであるサファイアが、その驚異的な強さと評判の良さから、女であるにも関わらず女性に大人気なのは、最早バイアシオンの常識であった。
「な、面白そうだろ? 取り敢えず、前の方から順番に行こうぜ」
「帰って来ないかなあ? 大丈夫かなあ?」
扉を一度だけ、ちらと振り返って、だがルルアンタも直ぐに手帳を覗き込む。
何だかんだと言っても、やはり大好きな保護者の秘密メモとくれば、気になるらしい。


  某月某日
  エンシャントの酒場で、アイリーンに会った。
  …そう言えば、彼女とも冒険を始めた頃に出会った。
  美人で、剣が強くて(闘技場じゃ酷い目に遭ったっけ)ついでに結構気も強い。
  出会いこそ強烈だったけど、今じゃ大の親友だ。
  …そんな彼女が、酒場で、一人で座ってた。
  「お酒なんか飲んでない」って言うけど、どう見ても目が据わってる。
  気になったので話を聞いてみる。
  …亡くした幼なじみを思い出して、ブルーになっていたらしい。辛いよね…。
  でも、「奴」とか「そいつ」とか呼ぶって事は、その幼なじみって男の子だったんだ?
  うん、普段は勝気だけど、可愛い時もあるのよね、アイリーンって。
  …とか思ってたら。

  「そいつとあなた、外見がよく似てたの。ホント、瓜二つよ」

  …私はヤロー似ですか…。
  どおりで、やけにぞんざいな態度だと思ったよ。ところでその事件って……



「あっはは! 出た、アイリーンの直球!」
「男に似てるとか言われてもなあ…。けど確かに、サファイアって逞しいよな」
「見た目は細いけど、絶対へこたれないもんね」
「雑草みてー」
「ちょっとぉ、それ褒めてるぅ?」
「よく見ると、凄く可愛いのにね。何だか強さにばっかり目が行っちゃうんだ」
「言えてるー!!」


  某月某日
  ウルカーンに行く。フレア様はお変わりない。
  …いや、少し感情をお見せになる様になったかな?
  今まで、シェムハザさん以外と話さなかったって言うから、当たり前だけど。
  「あなたが来ると、長老が来た時とは違う、落ち着かない気持ちになります」
  って言われた。嬉しいって事かな? 良かった良かった。
  ………。
  ………………。
  子どもに悪い事を教えてるみたいな気分になるのは、何でだろう。



「あ、これ覚えてる。暫くウルカーンに居た時だよね?」
「ルルも覚えてる! フレアさんねえ、サファイアが帰る時、じーっと見てたんだぁ! あれ絶対寂しかったんだと思うよー」
「…宿屋でやけに難しい顔してると思ったら、こんな事悩んでたのか…」


  某月某日
  ディンガル政庁の、ザギヴさんのお部屋へ行く途中で、初めて衛兵に止められた。
  驚いたけど、私は敵国の人間なんだし、今まで通されてたのが不思議な話だ。
  …でも相手は、私を只の冒険者だと思って止めたみたい。
  情報力の差があり過ぎる気がする。大丈夫なのかディンガル。
  ともあれ、立ち往生していたら、丁度ザギヴさんが来てくれた。

  「失礼な真似をしないで。私の、大切なナイト様よ」

  ……今、激しく微妙なニュアンスを感じたんですけど、気のせいですか。
  そしてそれで納得して通すんですか衛兵さん。



「えーっ、サファイアってば、あの玄武将軍さんとも仲良いんだ!?」
「すーっごいアツアツなんだってぇ。ブサイクな猫ちゃん、嫌そ〜うに言ってたよ?」
「王女様とか、巫女さんとかとも、平気で話してるもんな。いーよなあ」
「ホント女の人に好かれてるんだね。…あれ? これ何だろ」


  某月某日
  ロセンの門衛に「並々ならぬ面構え」って言われた。
  …私、そんなに酷い顔かな…。
  この前も、筋肉バカとか、竜殺しの通り名は伊達じゃないとか
  しまいには化け物とか言われたけど、うーん…。



「ええ!? ちゃんと可愛いよぉ!」
「…やべ、気にしてたのか…」
「そりゃ気にするでしょ……って、ヴァン! キミ何か言ったの?」
「『ネメアさん以上の勇者さま』っていうのも、どうかと思うけど…」


  某月某日
  街道で、シャリとエルファスを発見。取り逃がす。悔しい…。
  それにしても「食べちゃいたい位好き」なんて怖い言い方、何処で覚えたの。
  あと、モンスターに好かれても嬉しくないから!



「うっわー、とうとう“女殺し”から“モンスター殺し”に昇格か!」
「そのまんまじゃない、それ!」

気の毒過ぎるリーダーをひとしきり笑った後、はたと4人は顔を見合わせる。

「…それにしても…」
「…ねえ」
「何つーか、男っ気ねえよな……」

女性にもてるサファイア。巷で女殺しと囁かれる、最強の女騎士。
…しかし、男に不人気だという特記事項は無かった筈だが。

「何か無いの? 今ざっと読んだのは、長い文の所ばかりでしょ? 一言だけの日にこっそりさ、好きな人の事とか!」
エステルの言葉に、仲間達は再度、ページを繰る。
「ここはぁ?……『某月某日  あの男、いつか絶っっっ対見返してやる!』??」
「…レムオンさんかな…」
「色気無えっ……」
思わず目頭を押さえる悪ガキ達。
この2人にまで哀れまれたら、色々な意味でお終いな気がする。
「えーっえーっ、セラとか、ネメアさんとかぁ……そう、ゼネテスはぁ!?」
「……喧嘩の話は大概セラだね……丁寧なのはネメア様かな? うわ、ゼネテスは綺麗さっぱり、誕生日も名前しか出てこないよ。ヴァンやナッジの話が断然多いや」
「何、何て書いてあんの?」
「『今日のヴァンのダジャレは“報酬はほーしゅーないのか?”だった。ナッジが何も言わないという事は、あれは面白かったのかな?』」
「違うよサファイア、あれは絶句してたんだよ!」
「そこまでムキになって否定する事ねえだろ!?」
「『冒険者の心得』、『鍛冶のコツ』、『詩の聞き方と歌い方』、『二刀流の奥義』……ええ? 男の人と話してて、こんなお話しか出てこないのぉ?」
「女とのネタの方が色気有るって、どういう事だよ…」
「女の子の日記じゃなーいっ!!」





同じ頃、その街の酒場では。

「何だ? まぁた惚れられたのか?」
先日ギルドの依頼で救助した酒場娘に、うっとりと見つめられ、頼みもしないのに料理を大盤振る舞いされて、肩を落とすサファイアが居た。
「…も、いい。慣れた」
しおしおと料理を口に運ぶ彼女、その隣から「旨そうに食ってやらなきゃ、メシが可哀相だぜ」とゼネテスが手を伸ばす。
「ま、いいじゃねえか。別に男にもてたい訳でもねえだろ?」
「……女の子にもてたい訳でもないんだけど」
「まあな。お前さんを好きな奴は、俺1人で充分だ」
「………………………………」



曇り時々晴れ。受難時々幸せ。
気恥ずかしくてノートにも書けない晴れ間は、彼女だけの秘密なのである。




 

元は女主同盟にでも投稿しようかと思っていたのですが、
1周年記念企画で、ロキソニンのコメディとバランスを取る為に、急遽整形したお話。
1年間どうもありがとう。また次の年も頑張ろうね、サファイア(頭撫で)。
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