仲間


「ねえ、サファイアってロセンの人?」
それはあまりに唐突な問い掛けだったので、サファイアはつい足を止めた。
ロセン―――大陸東部の有力国と聞いているが、まだ行った事も無い。
「え……? 違うよ。どうして?」
素直に答えると、質問してきたリルビーは、
「ふーん、やっぱりねー」
等と言ってくるりと回る。

現在、サファイアの周囲は、些か珍妙な事になっていた。
平たく言えば、仲間が出来たのだ。
一人は、目の前に居るレルラ=ロントン。件のゴブゴブ団にいきなり伸され、這う這うの体で次の町に辿り着いた彼女に声を掛けてきた、変わり者のリルビーだ。
そして今一人が、サファイアの隣で同じ様に首を傾げるデルガド。
力自慢のドワーフで、酒場に居たのをレルラが仲間に引き込んでくれた。
稀代の刀工という周囲の声があったが、ノーブルの偽鍛冶屋しか知らないサファイアにはピンと来ず、酒好きで剛胆な、やはり変わり者という以外に思えない。
尤もこの二人、冒険においては相当なベテランであり、レルラは弓矢で、デルガドは両手斧で、あっという間に敵を仕留めてしまう。
助言も親身で、サファイアには心強いことこの上ない。
難を言えば、彼等はリルビー族にドワーフ族と、非常に平均身長の低い種族なので、3人並ぶと小柄で最年少である筈のサファイアが飛び抜けて見えて、少し居た堪れない事だろうか。

「…それで? レルラよ、なぜまた急にそんな事を?」
デルガドが少女の傍らから問うと、レルラはちち、と指を振った。
「だってぼくら、冒険の話ばかりで、お互いの事ほとんど知らないじゃない?」
確かに、出会って数日経つレルラとも、昨日仲間入りしたデルガドとも、冒険の心得以外に話題が無い。
厳密に言うと、初心者のサファイアがそれを懸命に聞くので、レルラもデルガドも回答に余念が無かったのだ。
それがようやく一段落ついた、という所だろう。
「それで、早速聞いてみようと思ってさ。ね、サファイアって騎士でしょう?」
―――シャドウノック並の不意打ちである。
「え、何で?」と問い返す声が、微妙に上擦った事を、仲間二人は聞き逃さなかった。
「だってホラ、盾を持ってるじゃない。盾は騎士の証、だもんね?」
朗らかな指摘に、少女は今度こそ、血の気が引いていくのを感じた。

騎士の証。
そう言えば、叙任された時にそんな事を言われた気もする。
あの時は、義理の兄となった男と貴族に対して血が上る余り、深く注意を払わなかった。盾を受け取っても「騎士だから貰うのか」としか認識しなかった。
逆である。
騎士しか持てないのだ。盾というものは。

(やっば……!)
蒼褪めながら、荷物と一緒に担いだ盾を仲間達の視界から隠すサファイア。
だが話はお構い無しに進む。
「ふむ、わしもそれは気になっておった所じゃな」
「でしょう? サファイアの性格からして、死体から装備盗って使う事は無いし」
確かにそれはしたくない。
しかし、僅か数日の行程であっさり性格を看破される彼女もどうか。
「だったらどこかの国の騎士様だって事で。取り敢えず、可能性の低そうなトコから攻めてみたんだ。うん、やっぱりロセンの騎士じゃあない、と」
―――初めの質問は、選択肢を狭める為の鎌掛けだったのか。
「“やっぱり”とは?」
「サファイアの話し方だよ。少し南の抑揚がある。これでも吟遊詩人だからね、言葉には煩いんだ」
「いらぬ事にばかり、よう気が付くのう」
「うるさいなあ」
ケラケラと二人は笑うが、当の少女は笑う所ではない。
…折角ただの冒険者として再出発したのに、ロストールの貴族だなどと、決して知られたくなかった。彼女自身の確執もあったが、何より立ち寄ったエンシャント、テラネ、ドワーフ王国の悉くで、ロストール貴族の悪評を聞かされた所為だ。
だから、僅かでも己の出自に触れる話は伏せてきたつもりだった。
―――それなのに、既に大陸南部出身とまで特定されている。
「南方、という事は、これから向かうロストールか…。しかしのう、あそこは女性は騎士になれまい?」
デルガドの指摘に、サファイアはこっそり肩の力を抜く。
「そうなんだよねー。残るはディンガル! あそこなら性別も出身地も関係なく登用して貰えるからね」
「なるほど……いや、待て。ディンガルは実力主義であるぶん厳しいと聞くぞ? 任務の合間に冒険や、まして旅など、到底不可能じゃ」
「それがネックなんだよねえ」
―――頼むから、早く終わってくれないだろうか。
サファイアは最早相槌も打てず、痛む胃を押さえて明後日を向いている。
…それをちらと横目に見て、レルラはああそうだ、と声を上げた。

「ねえデルガド、知ってる? ドワーフ王国で聞いたんだけどね」
「む、何じゃ?」
矛先がずれた様子に、ほっと息を吐くサファイア。

「ロストールに、新しい女騎士が誕生したんだって!」

ギクッ、と音がしそうな程、少女の背が強張る。

「何と、それは初耳じゃぞ。一体どうした事じゃ?」
「それがねえ、リューガ家ってあるじゃない? あそこが、領地のノーブルを治めるのに人が足りないって言うんで、急遽そこのご令嬢を抜擢したらしいんだ」
レルラが得意気に話すのに、デルガドは驚きと感心を籠めて頷く。
「ほほう、領主となる為に騎士号が必要じゃった訳か。しかし竜綱を曲げてまでそんな事が出来るものかの?」
「リューガ家は、七竜家の中でもでっかい方だしねえ。おまけに今の当主様はやり手だって噂だし。肝心の娘さんは、名前は聞いてないけど若くて可愛いとか……ああところでサファイア」
「なっ何!?」
頭の中で力一杯否定する最中に突然呼ばれ、サファイアが飛び上がる。
「その盾、ロストールの紋章が入ってるよね」
「うそっ!!」
ば、と肩から外して円盾を確かめる少女の姿に、レルラはこっそりと舌を出し、デルガドの方は目を白黒させていた。



「…いやしかし、まさかお主が貴族であったとはな」
数時間後、焚火を挟んで感慨深く頷く仲間達を、サファイアは上目遣いに見る。
結局二人には、レムオン=リューガの妹である事だけ明かした。それに至る顛末や本来の出自は伏せたまま―――人の訪れぬ猫屋敷の住人にはともかく、多くに知られぬに越した事はない。何しろ、他の貴族にばれれば、レムオンに殺される事確実なのだから。
ともあれ、ロストール貴族というだけでも彼女には充分過ぎる恥であった。
「お願い、誰にも言わないでね。レルラとデルガドだから話したんだからね?」
少女が炎越しに言い募るのに、二人は顔を見合わせ、くすっと笑う。
「フフッ、高くつくよ?」
「ロストールについたら、まず酒場に付き合ってもらおうかの」
「うう、一杯でも二杯でも奢るから……」
「勿論、新しい依頼もちゃあんと取ってきてね」
「―――え?」
おどけた物言いに、サファイアは瞬いた。
「怒って…ないの? 黙ってて……それに、貴族だって事……」
二人はその言葉に、再度目を見交わす。

ややあって、デルガドが髭をいじりながら口を開いた。
「…誰しも、話したくない事の一つや二つ、あるものじゃ」
火の爆ぜる音が響く程に、穏やかな口調。
「わしとて、秘密も迷いも山程ある。そこの不良放蕩詩人にも、突付かれとうない事が色々とあろう?」
「うるさいなあ、もう」
元・刀工の物言いに苦笑しながら、吟遊詩人もサファイアを見た。
大きくて綺麗な、でも何処か深さを感じさせる瞳。
寂しさを知っている目だ、とサファイアは直感する。
同じ眼差しが注がれるのを、彼の隣に座る刀工からも感じた。

「それに、貴族だろうと何だろうと、サファイアはサファイアでしょう?」

「……そう、かな」
「そうだよ! だってホラ、こうしてぼくらに会いにきてくれたじゃない。ロストールに閉じこもった貴族とは大違いだ」
「全くじゃ。大体、まるで貴族らしゅうない。初めはどこの農民かと思うたぞ」
―――実際、そのとおりなので何も言えない。
苦笑いを零すと、サファイアは改めて二人を正面から見つめた。
こみ上げる思いに、自然、眼が和む。

「―――ありがとう」
受け入れてくれて。付いて来てくれて。
「あなた達に会えて、良かった。仲間って素敵だね」
だって、こんなに穏やかな気持ちになれたのは、久し振りなのだ。

少女の素直な感謝を受けて、レルラとデルガドはまたも顔を見合わせ、何とも照れ臭そうな笑みを浮かべた。



「…のうレルラ。お主、気付いておってわざと言うたのか」
サファイアが近くの川へ体を拭いに行った後。
焚火から目を離さぬデルガドの問いに、レルラは「まあね」と答えた。
「キレイな歌を作る為には、観察が一番大事だもの。何度も何度も見つめて、初めて見えないキレイが見えてくるんだ」
南方の訛りと、盾との違和感。それがドワーフ王国で合点を得た。
でもそれだけじゃない、と吟遊詩人は呟く。
「初めて会った時にね、あの子……迷子みたいな顔してたんだ」

一目で解った。不思議な力と可能性を持っている子だと。
そして、それに怖じていない事も、驕っていない事も、キレイだと思った。
…だがその一方で、彼女は、帰る場所を失った子どもの様な目をしていた。
何処へ行けばいいのか解らなくて、不安で。
だから自分の全てを隠して。

「…だったら、ぼく達オジサンが楽にさせてあげないと。ね?」
「む? そのオジサンにはわしも含まれとるのか」
「あ、ゴメンゴメン。お爺さんだったか」
「こやつめ」
ぽこ、と殴られた頭を、レルラはわざとらしく押さえながら続けた。
「でも、それが仲間の役目でしょ?」
「全くじゃな」
炎に照らされた刀工の顔も、優しい。

程度の差こそあれ、冒険者の大概は訳有りだ。
その全ての重荷を解くなど、名高い刀工であっても、流離の吟遊詩人であっても、出来る事ではない。
だがせめて、仲間として巡り会った人物には。
…それが運命を感じる程の相手なら、尚の事。

「白状しようか。ぼくね、今までで最っ高の歌が出来る気がするんだ」
「奇遇じゃの。わしも、長年の悩みが妙に軽う思えてならん」
くすくす、と笑い合うと、自称オジサン2人組は揃って空を見上げる。
「…晴れとるの」
「うん」

システィーナの希望とも言われる、星明り。
それがまるで、夜道をも照らさんとするかの様に、天蓋を埋め尽くしていた。


 


ドワーフ王国〜ロストール間の遣り取り。以降、サファイアはより慎重に身分を伏せる様に。
ところで、さらっと書きましたけどゴブゴブ団にもコテンパンでした彼女。
ボルボラ、レムオン、「迷子」のインプと合わせて、死に掛け4度目。女の子なのに…(涙)。


SS部屋