あなたに、笑顔を


其処にサファイアが出くわしたのは、偶然だった。
猫屋敷で依頼された、人語を解するゴブリンとやらを探すべく、広いエンシャント中を歩き回る最中の偶然。
人気の無いスラムで、見るからにならず者風情の男が2人、ぐったりした幼女を手に誘拐だの始末だのと話すのを聞き咎め、取るも取り敢えず殴り倒して追い払った。欲を言えば政庁なり何なりに突き出したかったのだが、流石に彼女だけで男2人を引き摺っていく自信は無く、人質の確保だけで満足したのである。
…尤も、目覚めた当の幼子が、ぼやけた瞳にサファイアの影を映した途端、
「みなさーん! この人、人攫いなんですよぉ!!」
と騒ぎ出したのは、計算外だったが。



「―――それじゃあ、お姉ちゃんが助けてくれたの?」
額を押さえながら経緯を話すサファイアに、幼女―――だと思ったが、よく見ると人間ではなく、小柄なリルビー族の様である―――は小首を傾げ、ややあってぴょこん、と頭を下げた。
「ありがとう。それに、ごめんなさい」
「どう致しまして。…何処か痛い所無い? おうち、帰れる?」
途端、うーんと考え込む相手を見て、失言だったかとサファイアは唇を噛む。

彼女の出身地に居た何人かのリルビーは、人間の家に居候していた。
しかし、聞く所によると其れは例外的で、リルビー族は人間の街とは別の場所に集落を持っており、街に居るリルビーは大概が流離の旅人らしい。
この子も、もしかするとそんな旅人かも知れない。

…だがどちらにしろ、誘拐されかけた直後に、1人で歩くのは嫌であろう。
「…私、大通りの宿屋に行くつもりなんだけど、もし近くなら…送ろうか?」
サファイアが手を差し出すと、相手はぱっと顔を輝かせ。
遥かに小さな手で、それを握り返してきた。
「うん!」



「お姉ちゃんは、何処の宿屋に行くの?」
スラムを出て繁華街へ向かいながら、ルルアンタと名乗る相手に歌うような声で問われ、思わず微笑むサファイア。
「冒険者の宿だよ。城門の近くにある…」
「あっ、じゃあお姉ちゃんも冒険者なの? ルルアンタと同じだぁ!」
これには吃驚した。
「え、あ、貴女も冒険者なの? そんなに小さいのに……」
しかも、冒険者というより踊り子といった感じの、愛らしい衣装を着ているのだ。
「ルルアンタ、もう大人だよお! ずうっと前に一人前になったんだから」
「……ええと……ごめんなさい」
頬を膨らます相手を見ながら、他人を外見で判断すべからず、と改めて頭に叩き込もうと努めるサファイアである。
因みに彼女は知らないが、リルビー族は10歳で成人と見なされる。
「でも、しょうがないんだけどね。ルルアンタねえ、お父さんとお母さん、いないの」
さらりと言われた科白に、サファイアは、今度こそ足を止めた。
見下ろした相手は「ずーっと前に死んじゃったの」と、困った様に笑う。
「お世話になってた人もね、この前、悪い人に襲われて……死んじゃった」
小さな、柔らかい手に、微かに力が籠もる。
「…それでねっ、ルルアンタも捕まっちゃってたのを、お姉ちゃんに助けてもらったの。ホントに、ありがとう!」
殊更に明るい声が、何かを振り払う様な笑顔が、余計に少女の胸を軋ませた。

「…ごめんね。悪い事、聞いたね」
サファイアの謝罪に、相手は空色の瞳を見開き、首を振る。
「ううん? だってルルアンタ、元気だよ?」
「え、」
聞き返す少女の手から、小さな温もりがするりと抜け。
サファイアの行く手に駆け出した幼女は、くるんと振り向いて、両手を大きく広げた。
花畑を前にしたような、全開の笑顔で。

「その人がね、言ってくれたんだ。『ルルアンタは元気だね』って」



―――ルルアンタは元気だね。
―――ルルアンタが元気だと、私も嬉しくなって、元気が出るよ。
旅先の宿屋でも、馬車の中でも。10年間いつも言ってくれた言葉。
…最後の夜にさえ、シーツに縋り付いて泣きじゃくる彼女に、「いつもみたいに笑っておくれ」と髪を撫でながら。
―――これからも、ずっと私達と……あの子と一緒に居てくれるかい?



「だから、ルルアンタ、天国のその人が喜んでくれるように、元気なんだっ」



見上げてくる幼子の前に、サファイアはそっと膝を付いた。
笑顔が眩しくて、痛いので、淡い色の髪に顔を埋め。
「それにね、……? お姉ちゃん?」
そのまま、ゆっくりと抱き寄せる。

二人の間に起こった運命の悪戯を、サファイアは知る由も無かった。
このリルビーと故郷ですれ違った事さえ、ずっと後になって思い出した程だ。
ただ、相手の元気さが、あまりに切なくて。
「そっか……ルルアンタは、偉いね」
あまりに、哀しかったので。



―――俺、ずっと姉ちゃんといっしょにいるよ。そしたら姉ちゃんはさみしくないね。



「―――よし!」
「きゃあ!?」
急にひょい、と抱え上げられ、驚くルルアンタに、サファイアはにこっと笑う。
「まだ時間ある? 少し、お散歩して帰ろう」



その日のエンシャントの市場は、驚くほどの賑わいを見せていた。
丁度豊漁の時期でもあり、収穫祭を間近に控えて古いワインや穀物を捌きたい趣もあったのかも知れない。
客の熱気と店主達の呼び声の中、サファイアと、彼女に抱き抱えられたルルアンタは、負けず劣らず歓声を上げた。
「わあ、綺麗! お魚がピカピカ!」
「お姉ちゃん、あれ、あれ! 干し苺や葡萄が一杯だよー!」
騒ぎの中を泳ぐ様に進むうち、ルルアンタがあっと声を上げる。
サファイアがその視線を追うと、幼女の目は、店の一つに並ぶ色鮮やかな飴細工に惹き付けられていた。
「…あれ、欲しいの?」
え、と振り向く幼女を他所に、サファイアは空いた方の手で、賢者の森でこなしてきた仕事の報酬を取り出した。余裕がある事を確認し、店主に声を掛ける。
「え、え、いいよぉ」
ルルアンタが慌てるのに笑いながら、受け取った飴を渡すサファイア。
「私達がお友達になった、記念だよ」
その言葉に、着ているドレスと同じ位カラフルな飴を手にした幼女は、一層キラキラした微笑みを見せた。

「―――さっきの市場で、何か、良い事あったの?」
改めて宿に向かう道すがら、幼女に問われてサファイアは瞬く。何故、と聞くと、
「市場に行く前より、にこにこしてるから」
と返された。
「…多分、私もルルアンタに、元気を分けて貰ったの」
「本当!?」
サファイアが頷くと、ルルアンタはぎゅう、と抱き付いてきた。
「良かったぁ! ルルアンタも嬉しいよ」
笑い合いながら、辿り着いた宿屋を見上げ、
「おい、さっきのあれ、ゴブリンだよな?」
「何言ってんだよ、ゴブリンが喋る訳あるかよ」
…との通りすがりの声を耳に拾って、少女ははたと当初の目的を思い出す。
「やばっ―――ルルアンタ、私ちょっと用事思い出したから、ここでお別れね」
地面に下ろし、帽子越しに相手の頭を一つ撫でて、先程の通行人を追うべく駆け出すサファイア。
ルルアンタはその背に呼びかけようとして、名を聞いてない事に気付いた。
「あ……ねえお姉ちゃん、お名前は!?」
それに振り向いた、僅かに険しい顔が、一瞬で笑顔を取り戻す。
「サファイアだよ。また会えるといいね、ルルアンタ!」



…少女の姿が通りの向こうに消えた後も、ルルアンタはその場に立ち尽くしていた。
(サファイア…って、いうんだ)
通りすがりの、優しくて、強い女の子。
女の人に抱き上げて貰えるなんて、記憶には無いけれど、きっと母親以来だ。

飴と一緒に温かい気持ちを抱き締める、その背後で、突然扉が開いた。
「―――っ、ルルアンタ」
飛び出してきた保護者の表情に、彼女は時間の遅さに思い至る。
「ルーディ、ただいま! 遅くなってごめんね」
ああ、と頷く青髪の少年の顔は、安堵の色が濃い。無言で頭を撫でる仕草だけで、どれ程心配したかが伝わってくる。
それ位、ずっと一緒だった。…もう10年にもなる。

(今までは、フリントさんと3人だったけど、これからは2人きりだね)
その分、自分が沢山の笑顔をあげようと、ルルアンタは決めている。
彼が寂しくない様に。
それから、天国のフリントが、喜んでくれる様に。
(だから、うんとうんと、元気にならなくっちゃ)

…仰いだ先の蒼い目が、訝しげに狭められるのを見て、ああ、と彼女も今日の元気の素を見下ろした。
「実はねぇ、また怖いおじさん達に捕まっちゃったの」
保護者がぎょっとするのに、ルルアンタはくすくす笑う。
「でもね、優しいお姉ちゃんに、助けてもらったんだあ。………」



―――あの子にも、自分の元気が届くといい。
ルルアンタと話をして、元気になれたと言ってくれた彼女にも。
だって、最後に見せてくれた笑顔が、とっても素敵だったから。

(ねえ……また、会えるかな?)


 


序盤で突如明らかになる、バイアシオン大陸における天国の概念(笑)。
終盤には更に地獄の存在も判明し、生前の行い次第で異なる死後の世界の存在を伺わせます。
(キャラ白の「葬儀」の欄との関係も気になります。あれの「闇」と地獄は同一なんだろうか?)

…ところで、黄金主スタートだとこのイベント時、「フリントさん…天国に行けるのか?」と
余計な心配をしてしま…ぐはっ!(後ろから刺された)
あ、あと一個だけ自己ツッコミ。寧ろ君の行動が誘拐犯だよサファイア(^^;)


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