Flower X'mas
 
ひらひらと、雪が舞う。

大陸南部の都市リベルダムは、海沿いの所為もあってか、雪は滅多に積もらない。
今年も、虹色の山脈を覆う雲は、この港町には花びらの様な雪を散らせるばかりだ。
…それでも、冷える事には違いない。

「………さむ………」
僅かに震え、少女は垂れ込めた空を見上げる。
陽はまだ落ちていないであろうに、厚い雲に遮られて、早くも辺りは暗さを増していた。
しかし、街に目を戻せば、赤や緑、金銀といったカラフルな色が、其処彼処に見える。
―――そう、今夜はクリスマス・イブ。
今日から明日にかけて、人々は家族と共に、今年最後の祭りを祝うのだ。
勿論、例えばこのソレイユの様に、家族を持たない者も居る。
そんな者達も、宿屋で、或いは酒場で、大切な相手と過ごすのが慣わしである。
尤も、ソレイユの“大切な相手”は、酒豪で、しかも大盤振る舞いが好きな人物なので、昨年と同様、酒盛りで夜を明かす事になるだろう。
既に始まっているだろう賑わいを思い浮かべ、ばら色の口元を綻ばせながら、少女は酒場への道を急いだ。

「―――なあ、ちょっとちょっと!!」

不意に響いた大声に、ちらと振り向くと、彼女より少し高い位の少年が駆けて来た。
自分に用があるらしいと見て、ソレイユも立ち止まる。

「あのさ、この辺で、こいつよりデカい建物って、何かねえかな?」

そう言って少年が指差すのは、リベルダムのシンボル、時計塔であった。
だが、旅商人として、また冒険者として、多くの街を巡ってきたソレイユでさえ、これ以上に高い建物はそう見た事がない。街中ならば尚更だ。
「ええと……ごめんなさい、多分…無いと………」
「あー、やっぱそうだよなー」
急に話し掛けられて及び腰のソレイユを、だが大して気にした様子も無く、少年はうーん、と唸って頭をぐしゃぐしゃと掻く。
もう一方の腕に下げた、妙に大きな籠と、その時計塔を交互に睨み、参っちまうなあと呟いて―――また急にくる、と振り向いた。
「あ、でもサンキュ! おねーさん優しーよな」

言うと、いきなりソレイユの頬にちょん、とキスしてきた。

「!!!!!」
びっくりして固まった彼女を他所に、少年は「登るトコねーよな……エステルみてーに忍び込むしかねえか?」等と、塔の周りをぐるぐる回っている。
…その内、ふと立ち止まり、琥珀色の瞳を悪戯っぽく閃かせると。
ガチィン!
扉の鍵を魔法で砕き、素早く中に滑り込んでしまった。

(ど…どうしよう、通報した方がいいのかしら……でも、でも)
片頬を押さえたまま、ソレイユがおろおろしている内に、もう最上階に辿り着いたのか、鐘楼から彼が顔を覗かせた。
驚く程の早業である。
先刻の魔法といい、もしかして、只者ではないのかも知れない。
呆気に取られるソレイユの遥か頭上で、少年は下界を確かめるように見回し、一度顔を引っ込め。
再び上半身を乗り出して、両手で籠を抱えると―――。

「エステル、好きだあぁーーーーーっ!!」

―――その中身を、思い切り良くぶちまけたのだ。

一体何の罰ゲームなのか、と瞠目するソレイユ。
その目の前に、ひらひらと、雪の様なものが降って来る。

「………あ」

否、それは花だった。
この冬場に何処で掻き集めてきたのか、色とりどりの花々が、風に舞いながら降りてくる。
道行く人も、突然の奇声と降り注ぐ花に、足を止めて塔を仰いだ。

「……全くもう、何やってるんだよ……」
聞き覚えのある声音は、確か、今し方名を呼ばれた冒険者のもの。
ソレイユが振り向くと、案の定、少し離れた場所に、ズボン姿の少女が立っていた。
「エステル、あの人と知り合い?」
「ハハ……知り合いって言うか、友達って言うか、何ていうか……」
片手で半分隠した顔が、微妙に赤い。
「まあ、早いトコ下ろしてあげないと、治安警官が来ちゃうよね―――それ!」
エステルが両手を翳した先、塔の一番上で、閃光が煌く。
次の瞬間、二人の前に、件の少年が現れた。
体力以上に気力を使い果たしたのだろう、へたり込んでいたが、エステルの姿を認めて慌てて立ち上がる。
「エステル!? 今の、見てたのかよ……」
「何やってんの……ああ、分かってる。ヴァンやナッジと賭けでもして負けたんでしょ」
う、と詰まる少年に、肩を竦めてそっぽを向き。
「いいけどね、…どうせなら、皆に撒くんじゃなくて、ボクにも欲しかったな」
「えっ、あっ、悪ィ!」
少年が慌てて籠を検め、一輪だけ残っていたのだろう、雪の様に白い花を差し出した。
それを横を向いたまま受け取って―――エステルはぽす、とソレイユに押し付ける。
「……えっ?」
「ちょ、エステル?」
1人が驚きの、もう1人が情けない声を上げるのに、構わぬ素振りで背を向ける少女。
「いいんだ、ボクはもっといいものを貰ったんだから。―――ほら、行こう」
…片手だけを、少年に差し伸べて。



(…あんな凄い告白をされて、嬉しくない訳、ないわよね)
微笑ましい2人の背中を見送って、ソレイユは、手元の白い花に目を落とした。
思いも拠らぬクリスマスプレゼントに、心が和み。
…先程送られた、別の贈り物を思い出して、慌てて頬を押さえる。

「ソレイユ、此処におったか。遅いので探しに来たぞ……ん?」

響きの良い声が、耳を打つ。
何時の間に、と驚いて顔を上げると、彼女の“大切な相手”は、時計塔の前で花を拾う子ども達の姿を、不思議そうに眺めていた。
「何か、あったのか?」
「はい―――あ、いいえ」

あの少年は、きっと忘れてしまうだろう。
街角に居た女の子への、お礼のキスなど。
―――ならばそれは、ソレイユと、彼が持っていたこの花だけの秘密だ。

「何でもありません。行きましょう、アンギルダン様」

闊達な、だが何処か弾んだ声音のソレイユに、未だ首を傾げながら。
アンギルダンもまた酒場へ足を向ける。

背後に聴こえる歓声が大きくなったので、つられて仰ぎ見れば。
…空からのプレゼントは、その冷たさを増して、しんしんと降り積もるのだった。




 


「ビクター通り商店街」のよん様に押し付けた、突発クリスマスSSです。
上の弾け過ぎた「レッツ〜」を強奪されるというので、慌てて身代わりに書いたのですけど
結局両方とも貰われてしまい…(汗)

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