小話:襲撃


「…あ……サファイア様? そちらにいらっしゃるのですか?」
「アトレイア様!」
サファイアは間の悪さを呪った。
自分と義兄が襲撃者に取り囲まれている、よりによってその時に、世慣れぬ姫君は部屋の外へ彷徨い出てしまったのだ。
しかし呻く間などなく、新たな標的に駆け寄ろうとする襲撃者の一人目掛けて魔法を放つ。
「ぐっ!?―――うわああ!!」
炎の塊に直撃されて火達磨になった男の脇をすり抜け、立ち竦む王女の元へ疾走し。
「きゃ!?」
「失礼!」
腕の中に庇って身を伏せた、その首に、間一髪で刃が当てられる。

「…ほう、貴族にそんな身のこなしの方がおられたとは」
主犯格の男が、驚いた素振りを示す。
それはサファイアに剣を突きつける男も同様らしく、戸惑い気味にリーダーを呼ぶ。
「この二人も…?」
「レムオン卿さえ殺せればと思っていたが、彼女は計算違いだったな。さて……」
物騒な遣り取りが聞こえない様、王女の耳を塞ぎながら、サファイアは義兄に問うた。
「レムオン、どうするんだ?」
しかし返ってきた答えは、
「好きにしろ。どうせ猪だ、鍋ででも煮らんと臭みが強くて食えんだろうがな」
…“妹は煮るなり焼くなり”という、相当に薄情なものであった。
襲撃者の方がまだ親切だ、と呻いたサファイアだが、悲しいかな、その思いは次の言葉に吹き消される。

「お嬢さん、どうかそのままお静かに。恋人を苦しませたくなければね」

―――ぶちり、とまるで血管が切れた様な音を、数名は確かに聞いた。

何か嫌な感じに静まった広間に、ややあってとてつもなく優しい声が響く。
「…アトレイア様。申し訳ございません、少しだけ目を閉じて、耳も塞いでいて下さいませんか?」
「え……あの、こう…ですか?」
「ええ。私がいいと言うまで、開けないで下さいね」
取って置きの声音を呪文に変えて、サファイアは王女にバリアを張る。
二重のバリアは、剣も手も王女に触れさせず、魔法の衝撃も防ぐだろう。
「おい、勝手に動くなと―――」
人質の動きに苛立って、切先を立てる男だが、振り仰いできた少女の表情を見てその剣を取り落としそうになった。
慄く相手に冷笑で応えると、サファイアは片手を床に当てて、一声叫ぶ。

「雷よ!!」

刹那、彼女を中心に突風が奔る。
対象に突き当たった風は、人と柱の区別無く、蛇の様に絡み付いて高圧の電流と化した。
軽装備の者達が、悲鳴を上げて次々と倒れていく。
「ば、バカな!」
貴族ならば初歩の魔法は使えても、まさかユナイトスペル、それも高度な術は使えまいと踏んでいた襲撃者であった。
驚くリーダーの手を、やはり重装備ゆえダメージが軽かったレムオンが蹴り上げる。
相手の武器が跳ね飛ぶ隙に、抜刀した。
そして焦げ損ねた者達を次々と斬り伏せていく。
「う―――うわああぁっ!」
一人が、痺れた体に鞭打ってレムオンの背後から襲い掛かったが、彼が振り向くより先にサファイアの投げた短剣で胸を穿たれる。
「飛び道具を使うな! 城の装飾が壊れる」
「好きにしろっつったのはあんただろ!?」
怒鳴り返すサファイアも、既に3人を屠っていた。
刃を振り抜き、その勢いで空いた掌を主犯格に向ける。
「閃光よ!」
呪文に応えて、彼女の遥か頭上が煌いた。
咄嗟に飛び退って直撃は免れたものの、巨大な光線は命中範囲が広く、男の体を抉る様に焼き尽くす。
「ぐあ…っ!」
堪らず膝を付いた男に、サファイアは近寄り、切先をぴたりと当てた。
「訂正しろ」
「……?」

「こいつは恋人なんかじゃない! そんな事言われたまま死なれては、不名誉だ!!」

…その為に敢えて半殺しで留めたのか、と呆れながら、レムオンは普段の3割増の力で義妹の頭を殴る。
「痛あっ!」
「騎士の癖に、私情で人を殺すな」
そう言った己の声が妙に不機嫌そうに響くので、貴公子は一層憮然とした。


 


…実は18日の朝から、「輝煌」をイメージしつつ書いていたブツです。
エリスの謀略で滅ぼされた国の生き残りが、ロストールを滅ぼす為、
手始めにレムオンに襲撃を掛けて……というシナリオでしたが、
悲しいかな、シリアスとコメディが交互に出てくるんですよ…(血涙)。
で、ど〜しても捨て切れなかった部分だけ掲載。中途半端で済みません;;


祭部屋へ戻る