哀憐


ねえ、気付いてた?
あなたに会う時は、私、結構頑張ってたんだよ。
湯浴みして、土埃だらけの服も着替えて、お化粧までしちゃってさ。
どんなにチャカにからかわれても、呆れられても、
一番可愛い私を見て欲しかったから。

…こんな、返り血だらけのカッコじゃなくて。
敵を屠る姿じゃなくて。





「…殺すんだ」
ネメアの苦渋に満ちた声が響く。
「何言ってんだよ! 姉ちゃんが、そんな事出来るわけないだろ!?」
チャカが泣き出しそうな声で怒鳴り返す。
それを聞きながら、私は只、あなたの虚ろな目を見ていた。
私を映さない緋色の瞳を。

ホントはね、ちょっと安心してる。
だって今の私って凄くボロボロなんだもの。
大陸中を巡ってあなたを探して、モンスターと戦って、ちっとも綺麗じゃない。
そんな私を見られずに済んで、良かった。
あなたの記憶の私はきっと、あのお屋敷で見た頃の、綺麗な女の子のままだよね。

…でも、やっぱり見て欲しかったな。
あの低い声で、呆れた素振りの優しい声で、名前を呼んで欲しかったな。

知ってた?
私、あなたの事好きだったんだよ。
初めて会った時から、ずっとずっと。
だけどあなたは、他のお姫様に夢中でさ。
やっと振り向いてくれたと思った途端、居なくなっちゃったよね。
だからいっぱい探したんだよ。
もう一度会いたかったから。
あなたの居るあの家で、おめかしした私を見て欲しかったから。
…こんな、今にも崩れそうなお城じゃなくて。
そんな冷たい目じゃなくて。

昔から好きだったお姫様と、そうして並んでるあなた。
一緒にいられて、幸せ?
…そうじゃないと信じたい。
幸せじゃないから、私が懐かしいから、そんな顔をしてるのだと信じたい。
でも、そうでない事は、ちゃんと判ってる。
あなたのその目に意志は無い。
どうしてそんな事が分かるか、って?
当たり前じゃない。
ずっとあなただけを見つめてきたんだもの。





「…姉ちゃん……」
どうしたの、チャカ。
いつもみたいに言いなさいよ、「姉ちゃんはいい男に弱いんだから」って。
なんて顔してるの。
私なら大丈夫よ。
ほら、笑ってるじゃない。
ね?





初めて出会った時、目に留まらなかった剣捌きは、いま驚く程スローモーションに思えた。
刃のぶつかる音も、遠い。
腕をぬらした返り血まで冷たくて、まるで作り話のよう。
あまりの冷たさに、夢かどうか確かめたくて手を伸ばしたけれど、
指先さえ届かぬ間にその体は奪われ、粉々に砕かれてしまった。

最期ぐらい、私を見てくれるかと思ったのに、
倒れる時まであなたの唇は何も語らぬまま―――。





訪れた静寂の中、誰も口を開かず、ただ視線だけを私に注いでいる。
そんな目をしないでよ。
さっきから言ってるでしょう? 私なら大丈夫だって。

だって、私もう決めたんだから。
次はこんな苦しい恋しないって。
こんな、体にぽっかり穴が開いた気持ちになる恋はしないって。
普通の人と結婚して、普通に幸せになるんだから。
世界中を探したって、もうあなたには会えない。
もうあんな恋は出来ない。
そう分かってるから、もう何も望まないの。

決めたんだから。平気だから。大丈夫だから。
…だから、もう少しだけ、泣いててもいい?





頬を伝うものが滾る様に熱いから、
あの冷たい血ではなくこれがあなたの体に流れれば良かったのに、と切に願った。


 


別主人公第2弾。「約束」より更にレムオンに夢中な子です。
暗くてごめんなさい。


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