第2週:『真・レジェンド刑事』最終章その3
「アンリミテッド・ソウル」


「サファイア! 待って、駄目だよ落ち着いて!」
「―――悪い、止めんな!!」
乱暴にロッカーを開け、プロテクターを引き出して装備するサファイア。
銃を装填し、予備の弾を全て引っ掴むその姿に、其処が女子更衣室である事も忘れてヴァンとナッジはおろおろと留めようとする。
―――冗談ではない。命令違反は罰則、下手したら懲戒免職だ。
しかもその違反が、「バイアシオン・ファミリー」に単身飛び込もうというのである。
だが、弾丸の様な彼女を、誰が止められるというのだろう?

サファイアが怒りに燃えているのには、訳がある。
2日間隔でこちらと連絡をやりとりしていたレムオンが、10日前、突然消息を絶ったのだ。
駅のコインロッカーには、手紙は勿論、彼の荷物すら無い。
心配の色濃い捜査一課の面々に、しかしボルボラは相変わらず動こうとはせず、卑しい笑い声を立てるだけ。
刑事達、とりわけサファイアが焦燥を募らせ、一触即発であった状況に、火を点けたのが今朝のゼネテスの発言であった。

―――ボルボラが正しい。確たる証拠がある訳じゃねえんだ、まだ動くな。
―――それともレムオンって奴は、助けられなきゃならねえ程弱いのかい?

(…所詮、本庁の人間なんて、体面しか考えてないんだ)
ボルボラと違ってやり手だと期待しただけに、サファイアのショックは大きかった。
証拠が無いのは事実だ。レムオンからの報告は組織の構成や麻薬の仕入れ等の情報ばかりで、噂の“ドール”については一言も触れられなかった。
しかし、レムオンが消息を絶った、その事こそが最大の証拠。
(後れ毛一本だって許さない、几帳面な奴なんだぞ?)
連絡を滞らせたり、まして自ら姿を消したりするものか。

―――バン、と叩きつける様に扉を閉めると、車の鍵を手に女刑事は振り返る。
「とにかく、行ってくる。後頼むわ」
「僕達も行くよ!」
仲間の悲痛な声に、サファイアは笑って首を振った。
「駄目だ。違反は私一人で充分だよ。それに大人数で行ったら目立っちゃう」
おどけたように肩を竦める仕草は、普段の彼女なら見せないもので、それが余計にナッジ達の不安を掻き立てる。
達観なんて、彼女には似合わない。
「…絶対、帰ってこいよ?」
ヴァンが搾り出す様に言うと、同期の女刑事は目を見開いた後、ごく軽く微笑んだ。

覆面パトカーが飛び出していくのを、一課の窓からボルボラは上機嫌で眺めた。
(グヘ……これで煩いヤツらを一気に始末できたぜ)
世界中のマフィアの元締め的存在である「バイアシオン・ファミリー」に潜入して、生きて帰れる筈が無い。仮に戻ったとしても命令違反で免職出来る。
あのやたらいい身体を味わえなかったのは残念だが、ともかくも彼の地位を揺るがす二人を片付けられたのは、ボルボラにとって大収穫だった。
本庁から刑事が来たのは予想外だったものの、その男も初対面にも関わらずボルボラの意見を支持している。まさに天が味方している気分だ。
…そのゼネテスは、ボルボラと並んで小さくなるパトカーを見詰めていた。
「煩い女が居なくなって、満足かい?」
「ゲヘッ!? い、いやそんな事はございませんよ、ゲヘヘ…」
そうか、と呟きながら、男は片手で少し大きめの拳銃を弄る。
ボルボラは揉み手しつつも内心を言い当てられた事に冷や汗をかいていたので、相手の拳銃が警察の規定から外れている事に気付かず、その銃口がこめかみに当てられても、夢であろうとしか思わなかった。

レムオンから教えられた通路を使って、定休日の総合施設に入り、内側に居た守衛に手刀を食らわせて奥へと進む。
何せ相手は高層ビル、先は長い。銃弾も体力も出来るだけ温存しておきたい。
そう自分に言い聞かせ、身を隠しながら上を目指すサファイア。
何度目かに角に身を伏せた時、不意にポケットのカード型無線が震えた。
この非常時に誰が、と毒づきながらも、声を殺して応じる。
「こちら、サ……」
『サファイアか? 貴様何をしている?』
―――だが飛び込んできた懐かしい声に、さしものサファイアも己の状況を忘れた。
「レムオン!? あんた何処に居るんだよ!!」
『それは俺の台詞だ。何故連絡を遣さない、お陰で署まで来る羽目になった』
言われてみれば、感度の高い無線の向こうでクラクションの音が響いている。
「あんたが手紙置かないからだろ!? 何でロッカー空にするんだよ!」
『別のコインロッカーを使うと、手紙を書いて、鍵まで置いたろうが』
「いつの話だよそれ!?」
覚えのない話にサファイアがヒートアップする他方、レムオンはふっと沈黙し、ややあって低い声で問うた。
『…サファイア、例のロッカーを知っている人間は、誰が居る?』
「え?…私とセラと、あと…ゼネテス」
『―――何故そいつに教えた!?』
「だ、だって無理矢理付いてきたから……」
…初顔合わせ以来、ゼネテスという男は、妙にサファイアにちょっかいを出してきた。
少しでも好感を持たれている気がしたからこそ、ボルボラに味方された事が悔しかったのだ。
急にしどろもどろになる彼女に気付いてか、レムオンの語調がゆっくりしたものに変わる。
『サファイア。いいか、落ち着いて聞け。拙い事になった』
この状況より拙い事があろうか、と思う女刑事の思いは、あっさりと砕かれた。
『昼前、ファミリーの幹部の一人が、本庁の連絡を傍受した。男の死体が見つかったらしい。身元は―――本庁勤務の刑事、ゼネテス』
「―――なっ……!? 嘘、だって朝は私達と一緒に…!」
胃の冷えるな感覚に襲われたサファイアの耳元で、無線の声は更に『死体は……』と続けたが、大きなクラクションの音に遮られる。
「え? 悪い聞こえなかった、もう一度―――」
サファイアは何とか聞き取ろうと、全神経を無線の音に集中させた。

「―――だから、死後一ヶ月以上経っていたと言ったのだ。お前が奴の着任を知らせてくるより前だ。これがどういう事か、解るか?」
レムオンはそう問うたが、返ってきた答えはがしゃん、という大きな音―――例えて言うなら無線を落とした様な音であった。訝る間もなくぷつりと電波が途絶える。
「おい、サファイア? サファイア! 貴様何のつもりだ!?」
苛立ったレムオンが無線に向けて声を荒らげた、丁度その時だった。
ロストール署の裏口から、捜査一課の仲間達が走り出てきたのは。
「あっ、レムオン! あんた何でこんな所に!? 」
「レムオンさん! サファイアと会えたんですか? サファイア、あなたを助けに行くって飛び出していっちゃって……」
「何だと!?」
レムオンは震えた。―――まさか、さっきの無線は。
思わず車に駆け戻ろうとしたと同時、傍らの地下駐車場から、四輪駆動車が凄まじい勢いで飛び出してくる。
反射的にその運転席へと目を向けて、レムオンは血が凍り付く様な錯覚を覚えた。

―――あの、男。

「うおっ!…ビビったー、今のゼネテスの車だよな?」
「そうだよね? どうしたんだろう、あんなに急いで―――」
「―――貴様今何と言った!?」
目の色を変えたレムオンに胸倉を掴み上げられて、ヴァンはじたばたともがく。
「い、イテ、苦し……」
「あの男が、ゼネテスだと……?」

違う。
レムオンが本庁で会った“ゼネテス”は、金髪で小心で、酷く風采の上がらない人間だ。
誓って、あの様に四駆を乗り回す剛胆さも、車外からさえ判る逞しさも無かった。
サファイアが知らせてきた時に気付くべきだったのだ。あの鋭い女に、捜査の進展を期待させる要素が、“本物”には欠片も無い事を。
…しかし、何よりもあの顔は。

「…奴は、本庁の刑事などではない……」
“ドール”のティアナ。そして彼。
幼い頃、母方で育てられていた時期の記憶が―――封じていたそれが蘇る。

「―――バイアシオン・ファミリーを束ねるファーロス家の、嫡男……いや、」

―――そう、本庁の刑事に会った時も思ったではないか。「厭な名前だ」と。

「先代の死で急遽後を継いだ、現総帥―――ゼネテス=ファーロスだ」

「な…ん、ですって……?」
愕然とする捜査一課の中心で、レムオンもまた拳を戦慄かせ、車の消えた方向―――ファミリーを統括するあのビルを見詰めていた。


 


絶対バレると思うんだけどなあ(笑)。
IDカード管理だから、顔写真もハッキングで一発なのかもですね。一応近未来だし。

ゼネさんはやっぱり放蕩息子なので、
警察どころかファミリーにも存在を知られず、認められてもいなかったのでしょう。
だからベルゼーヴァは外部の人間に“ネメア”の親を求めたんでしょうね。


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