第2週:『真・レジェンド刑事』最終章その2
「キープ・ユア・シークレット」


ドォン!……ドォン、ドォン!

落雷の様な音が、室内に鳴り響く。
漂う硝煙の匂いが、その音が人為的なものである事を辛うじて示していた。

最後の1弾まで余す事無く的の中心に撃ち込むと、青年は流れる様な動きで腕を下ろした。
顔色も変えずプロテクターを外したその耳に、「…見事だ」との呟きが届く。
「左腕だけでその命中率とは、恐れ入る。一体何処で鍛えた事やら」
声の主を、青年―――レムオンは一瞥しただけで、脇をすり抜け出口へと向かう。
此処は超高層ビル―――表向きは某財閥傘下の総合娯楽施設となっているが、実の所はマフィア「バイアシオン・ファミリー」の事務所である―――の地下3階に作られた射撃場。今は人気も無く、レムオンと相手の男以外は誰も居なかった。
それにも関わらず、しかも相手がファミリーの幹部の一人である事にも構わぬ素振りで、レムオンはエレベーターの中に足を踏み入れた。
無論相手も、レムオンの無視など眼中に無いのか、至極当然の顔で乗り込んでくる。
ベルゼーヴァと呼ばれているこの男は、幹部クラスであるにも関わらず、レムオンが組織入りした直後から彼の傍を離れなかった。
警察である事を気付かれたかと、レムオンは初め警戒していたが、どうやら相手は本気でレムオンを気に入っているらしい。
「見せたいものがある。付いてきたまえ」
そう言って最上階へのボタンを押すベルゼーヴァに、レムオンはやはり無言のまま、降りるつもりだった階で扉を閉めた。

「我々の収入源は知っているか?」
最上階は、フロア全てがベルゼーヴァの所有だ。
エレベーターを降り、ヒラなら一生足を踏み入れないであろうフロアの廊下を小気味良い速度で歩く黒スーツの男に、レムオンは淡々と答えた。
「“ドール”だと聞いている」
「そのとおりだ」
頷いて、ベルゼーヴァが開いた一つの扉の奥には、ずらりと棺が並んでいた。
豪奢に飾られた棺の一つ一つに、“ドール”が眠っている。
「皆、生きている」
ベルゼーヴァの言葉どおり、“ドール”は皆血色が良く、胸が微かに上下しているのが見て取れた。
それもその筈、彼等は麻薬と針で運動神経を麻痺させられた、生きた人間なのだ。
観賞用に飾る場合が多いが、愛玩や奉仕に使いたければ専用の麻薬で行動を支配出来る。
この麻薬の特殊な精錬方法、及びクローン技術で保たれる高品質性で、バイアシオンファミリーは目下、数少ない“ドール”市場のシェアNo.1を占めていた。
「まさに最高の観賞生物だ」
自分用の“ドール”に飲み物を持ってこさせながら、一つ一つの棺を検分するベルゼーヴァ。
それにレムオンは低い声で問うた。
「…本体と薬、それに有料のアフターケア。原材料分を差し引いても相当な額になろう。その金は何の為に使う?」
「流石に理解が早いな。来たまえ」
ベルゼーヴァはグラスを手にすると、広間の一番奥にある扉へ歩み寄った。
空いた手で幾つかのボタンを押し、ノブを捻って、視線で青年を促す。
レムオンはそちらへ近付き―――扉の中の光景に息を呑んだ。

小部屋の真ん中に、一人の少女が座っていた。
真珠色のドレスを着せられ、長い金髪を床に広げている。
女神を思わせる容貌でありながら、その瞳は虚ろであった。

「我々の持てる技術全てを注ぎ込んだ、最新型の“ドール”だ」
足が動かないレムオンの前で、ベルゼーヴァは少女に近付き、恭しく跪いてその長い髪を手に取る。
「コードネームを“ティアナ”という」
「…ティアナ……」
「先代のボスの愛娘の名だ。幼くして死んだ。その死体を冷凍保存し、細胞を繰り返し培養してようやくこの姿に復元した。…長かった」
ベルゼーヴァは彼女の髪に額づくと、レムオンを振り返った。
「只の人形ではない。我々が一から作り上げた、生ける兵器だ」
「兵器、だと?」
「そう。刃物や銃器を使わなくとも、生命の続く限り相手を攻撃できる。―――ティアナ」
男が囁くと、ティアナは右手を、まるで吊り上げられる様な動きで上げた。
その指先が煌き―――一条の光線が走る。はっとレムオンがそれを追うより早く、部屋の隅に置かれた別の“ドール”が撃ち砕かれて血片と化した。
「レーザー光線の他にも、火炎や電撃を放てる。勿論武器も装備できる。遠隔操作も出来るぞ」
ベルゼーヴァは得意げに笑ったが、ふとその笑みを引いた。
「しかし、まだ完全ではない。彼女は自らの意志では動かない。意志を持つのは“ドール”の理念に反するが、コントロールでの攻防には限界がある。咄嗟の判断力が必要なのだ」
そこで、とベルゼーヴァは改めてレムオンに視線を向けた。
「彼女の子どもを作る。より優れた卵子を選び、彼女の全てを受け継がせる。しかしそれではクローンと変わらない。…そこで君が必要なのだよ。君に新しい“ドール”の父親となって欲しい」
「何…だと?」
「既にコードネームも決めている。“ネメア”だ」
きっと素晴らしく強く、美しい子どもが出来るだろう、そうベルゼーヴァは頷く。
「自らの判断で行動し、且つ余計な感情を持たない。能力に秀で、刃向かう者を許さない。遺伝子をばら撒けば、ヒトの遺伝子は完成された“ネメア”のそれに淘汰される」
「…何の為に、その様な…」
「人類の革新の為だ、レムオン」
その言葉は、レムオンが今日体験した数々の中で最も意表をつくものだった。
「かつて人類は、森羅万象の力に敏感であったという。だがこの数世紀で人類は汚れ、あらゆる原初の力を失ってしまった。私はその力を取り戻し、より完全な世界を作り上げたいのだ」
「……狂っている」
「そう言い切る君だからこそ、気に入ったのだ」
ベルゼーヴァは満足げに頷くと、青年を真っ向から見据えた。
「君には闇の要素がある。四元素と聖闇、全ての力を操り、且つ強化する為に、より強い闇の力が必要なのだ」
「…貴様が、種になればよいだろう」
「私は出来ない。私も“ドール”だからな。尤も失敗作だが」
さらりと述べられた言葉にレムオンは愕然としたが、今は吐き気を抑えるのに精一杯で、男の真意を質す事は成らなかった。

喧騒に溢れた駅構内のロッカーに、朝夕の2回立ち寄るのが、レムオンの日課だ。
初めこそ組織の他の人間から怪しまれたものの、「秘密の一つや二つが無くてどうする」と言った所、あっさりと引き下がられた。
大した情報は流せぬと踏まれたのかも知れない。
実際、大組織だけあって「バイアシオン・ファミリー」の壁は厚かった。潜入して2ヶ月になるレムオンだが、あの建物で“ドール”の実物を見たのは今日が初めてだ。
ようやく物証を得たという昂揚は、しかし同時に組織の真の目的をも甦らせる。
苦い思いでレムオンはコインロッカーを開け、中に収めた荷物を引っ張り出す。コートやバッグに交じって、4日に1度届けられるパン屋の袋が入っていた。
途端胸のすく感覚に捕らわれたのは、パンの香ばしい匂いだけが原因ではあるまい。
小さく折り畳まれた紙を取り出し、人目を避けつつそれを開けば、見慣れた筆跡がぎっしりと並んでいる。
(相変わらず、無駄な事ばかり書いているな)
レムオンはふっと眉間を緩めた。実際サファイアからの手紙は、報告というより心配や愚痴ばかりだった。
風邪を引いてないか。
怪我をしていないか。
素性がばれていないか。
ボルボラの所為で捜査が一向に進まない事、仲間達の不満が溜まってきている事など、書いている時の不機嫌そうな顔までが浮かんでくる。
偶には新鮮味のある話を書け、と苦笑しながら、しかし青年の目は次の文に吸い寄せられた。

  …今日、本庁からゼネテスって男が配属されてきた。
  あのボルボラがぺこぺこする位だから、余程エリートなんだろう。
  これで少しは進展するといい。………

(…何だ?)
サファイアが、捜査一課以外の人間の事を書いてくるなど、初めてだ。
だがそれ以前に、ゼネテスという名前が、レムオンの明晰な頭脳に引っ掛かった。
本庁のゼネテスなら、彼も見知っている。何度か話もしている。
あの男だと思いながら、しかし妙な胸騒ぎを拭えぬまま、ともかくもレムオンはライターを取り出して手紙に火をつけた。
ちりちりと燃えゆく紙を見つめ、2日後こちらから報告する為の文章を練る。
…しかし、今日見た光景を、ベルゼーヴァのあの計画を、レムオンは書き表す気がついに起きなかったのだった。


 


こんな大風呂敷を広げてどうするつもりなんでしょうか(汗)。
勢い一発で書いておりますので、細かい部分には目を瞑って下さいませ。


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