1日目:晴れ


麗らかな陽射しの降り注ぐ、閑静な貴族街の一角で――、
「何だって、あんたと二人で食事しなきゃなんないのよ!」
――今日も、恒例のわめき声が響く。

ここはリューガ本家邸宅。
口論が聞こえるのは、いつもどおりの居間――ではなく、庭園である。
とは言え、発端はいつもどおりの居間であった。ティアナ王女に会いに行くの行かないの、と押し問答していた当主と末娘に、側に控えていた執事が、
「王宮へ上がられる前に、いかがでしょう、お茶をお召し上がりになっては……」
と提案したのである。
執事の心遣いへの感謝と、喧嘩した気恥ずかしさから、何も考えずに頷いた末娘サファイアだが、見込みが甘かった。酒場で注文するお茶一杯と違って、貴族のお茶とは、なみなみと入ったポットと注ぎ足す為のお湯、それに夕食並みの大量の軽食を加えて1セットだったのだ。
次々と運び込まれるパンやケーキに、少食なサファイアは愕然とし、だが腕を奮った料理長に満面の笑顔を向けられて食べ切れないとも言えず、咄嗟に
「こいつと差し向かいで食べるのは、気詰まりなので……」
仲間を呼んできます、と言おうとした所、
「それでは、お庭で召し上がっては如何でしょう?」
「まあ! よろしいですね、お天気も良いしきっと気持ちが良いですよ、サファイア様!」
「四阿にしましょうか、でも卓が狭いから、いっそアーチの側に敷物を広げて……」
……逆に使用人達に丸め込まれ、気付けば見事にセッティングされた中庭で、当主で義兄のレムオンと二人、所在なく座っていたのである。

「貴族の習慣を頭に置かんからだ、馬鹿者。一年も経つのにまだその鳥頭は空のままか」
いきり立つ義妹など、目の端にも置かない様子で、レムオンは悠然と茶を口に運ぶ。
実際、落ち着かないのはサファイアだけで、レムオンの方は涼しげな表情だ。この男が取り乱す処を、サファイアは見た事が無い。どんな悪態を吐いても、顔色一つ変えずに、10倍にして返してくるのだから、彼女が相手では一生掛かっても見られないかも知れない。
何か言い返す代わりに、サファイアは目一杯あかんべをして、体ごとぐるんとそっぽを向いた。
途端、濃い緑が、視界に飛び込んでくる。
中庭をぐるりと囲む木々や、その彼方に臨む王宮の麓の木々が、新緑の時期を過ぎて剛い枝葉へと成長していたのだ。

(あ……この前まで、きらきらした黄緑だったのに……)

この所、退治や救助の依頼が立て続けに入るサファイアだった。緊張感から余裕を失っていたのだろう。
気が抜けた様に庭を見つめる義妹をちらと見遣り、先日その目の下に隈を見出していたレムオンは、そっと息を吐く。
だがサファイアがそれを聞き逃す筈もなく。

「何よ?」
「……貴族の食事が口に合わんからと言って、木の葉は食うな。俺は猿の妹はお断りだ」
「……野営の薪用に、根こそぎ切り取ってやる」
「俺は構わんが、園丁が泣くぞ」
「〜〜〜〜〜〜!!」

サファイアがぎりぎりと歯噛みする。
予想どおりの反応に、レムオンは小さく微笑んだ。

苛々しながらも、サファイアが席を蹴って帰らないのは、執事の言葉の所為。
――レムオン様もご一緒なされては。近頃あまり休憩をお取りになりませんし……。
ディンガル帝国のきな臭さが増して、忙しくなったのか、或いは王妃との火種が増えたのか。義兄の頭は政務の事で一杯なのだろう。
(今ぐらい、何も考えずに、お茶してればいいんだ)
脊髄反射で言い負かされるのは不愉快だが、彼が、気を張りつめずに、軽口を叩けるのなら。
(だって、こんなにお天気が良いんだもの)
――少し位なら、我慢してあげてもいい。

チチチ、と囀る声が響き。
振り仰げば、隣でも顔を上げる気配がする。

麗らかな陽射し。
穏やかな風。
深みを増す緑の香を、感じながら。

二人は、同じ空を見ていた。


 



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