「ふう、お腹いっぱーい」
満足気なルルアンタの声に、少年の口元が綻ぶ。
その後ろから、のんびりとついてくるゼネテスも、嬉しげな表情を隠さない。
この三人で旅をする様になってから、初めて引き受けた、難易度7の退治依頼。
今夜はその達成祝いだった。
手にした報酬で、酒場のテーブル一杯に料理を並べ、酒とお茶とで乾杯して。
何時しか他の客も交え、閉店ぎりぎりまで騒ぎ倒し。
店主に追い出されるようにして、こうして帰路に着いている。
踊るような足取りのルルアンタを見つめていた少年が、ふっと振り返った。
月明かりを浴びた黒髪が、淡く発光する様に見えて、ゼネテスは思わずその双眸を細める。
「―――ゼネテス、ありがとう」
柔らかだが剛い笑顔は、闇の中でも一層眩しく思えた。
出会った頃はまだ幼さを残していたのに、何時からこんな笑い方が似合う様になったのだろう。
「…礼を言われる事ぁ、何もしてねえぜ?」
ゼネテスは、手助けも何もしていない。
全て、“運命に選ばれた”少年自身の成長によるものだ。
僅かな期間で、高レベルの魔族さえ倒す力を身につけた彼。
ゼネテスが十何年かけて手に入れたものを、軽々と乗り越えようとする。
…その姿に、同じ男として、嫉妬を覚えない訳でも無いが。
「うん、でも、何だか急に言いたくなったんだ」
はにかんで首を竦めると、忽ち昔の表情に戻る。
駆け出し当時、ゼネテスの後を付いて来ていた頃と、同じ顔に。
―――ああ、思えばあの頃から。
「…いつも言ってるだろ? 俺は、お前さんとの冒険が一番面白くて仕方ねえんだ」
男が片目を瞑ると、少年―――パルヴィスは軽く目を見開き、照れた様に顔を逸らしてしまった。
そんな仕草を見せるから、どんな複雑な感情よりはっきりした想いが、今また男の胸に湧き上がって離れない。
2人の様子に、先を行くルルアンタがふと足を止め。
きょとん、と小首を傾げて、だが道の向こうで宿屋の灯りが落とされるのに、あっと声を上げる。
「大変、宿屋が閉まっちゃう! 急いでパルヴィス!」
とたたっと駆け出したリルビーの少女を、パルヴィスも慌てて追った。
「え、待って、ルルアンタ」
「―――パルヴィス」
しかし、鼓膜を打つ低い声に、つい踏鞴を踏んで。
振り返る間もなく、腕を引かれ、視界が反転する。
「―――っ」
とん、と押し付けられた壁は、やけに冷たく。
…否、それは今まで身を包んでいた夜気が遮られた所為だと。
パルヴィスが理解したのは全て、唇を何かが掠めた後だった。
我に返った少年の頭を占めていたのは、見慣れた男の表情が、間近だと何故こうも違って見えるのだろう、という一事だけ。
ただ、相手の少し肉厚の唇が、微かに動いた瞬間。
今し方の口付けを思い出し、はっと身体を震わせる。
…その様子に、男が、低く笑う気配がした。
「…悪ぃ、酔っちまったみてえだ」
す、と温もりが離れて、それで初めてどれだけ密着していたかを思い知り、パルヴィスの顔に朱が上る。
「ぜ、ゼネテス、何を……!」
声を上げようにも、相手は既に半ば宿の中。
「何やってんだ、風邪引くぜ?」
ひらひら、と手を振って、引っ込んでしまう。
それでも足を動かせず、パルヴィスは、男の不意打ちに戸惑ったまま、夜空を見上げるより他に無かった。
―――剣聖として名を上げる前、“駆け抜ける水流”と呼ばれていた少年。
通り名の如く、水の様な素直さは、時に驚く程の激しさを見せる。
運命を不意に歪ませる渦の様に。
…何者からも自由であった、この己をも引き摺り込む程に。
その猛き流れに、身を任せてみるのもいいと思った。
ゆっくりと階段を登りながら、ゼネテスは口端を歪める。
―――命を預けるに足る相手。
時に嫉ましささえ覚える、あの眩い瞳を、己に惹き付けておけるものならば。
接吻を盗む卑怯さも、厭わない。
「“優しいお仲間”を保ち続けんのも、結構難しいモンなんだぜ…?」
呟きながら眺める夜の風景は、ただ静かで。
宴の後の穏やかさを思い起こさせては、未だ熱情燻る男を苦笑させるのだった。
もう一つ、「ジオラマ」さんへのお礼。
半年も前に頂いた(…)イラストのイメージをお借りして、書かせて頂いたものです。
同性同士でも容赦なく“激愛”になる、ジルオールの人間関係ですけど、
男同士、特に同じ戦い方の相手だと、
一方(主人公)がどんどん強くなるのを横で見るもう一方は、
ライバル意識や何やらで、やっぱり複雑な気持ちも出ると思うのですよ。
……はい、ごめんなさい。この二人が書きたかっただけです(笑)。
来賀様の描かれる、パルヴィス君とゼネテスの友達以上、恋人…??な雰囲気、
凄く素敵で憧れてます。再現出来ないんだけどっっ(悔)。
戻る