ないしょのおはなし


いつもの酒場、いつもの席。
見慣れた背中は、丸まって、いつもよりちょっと小さい。

「んもう、ゼネテスったらぁ」

カウンター席で突っ伏す大男の姿を見て、ルルアンタは溜息を吐いた。
だいぶ前に出会って以来、自分達に親切にしてくれる彼だが、この酒癖は何とかならないものか。
真っ昼間から酒を飲み、夜遅くまで騒いでは、所構わず寝てしまう。
日が高い今はいいものの、寒い季節でもこんな調子では。

「パルヴィスが、心配するよ?」

やはり彼と親しい、家族同然の少年を思い浮かべながら、ルルアンタは奥の物置から毛布を引っ張り出してきて、男の肩に被せた。
遊び人だ色男だと騒がれているそうだが、ルルアンタからみれば、世話の焼ける相手にしか思えない。
こんな寝顔を見てしまっては、尚更だ。
「………………」
強くて、頼りになって、でも何処か孤独な一匹狼。
…そんな彼が、眠る間だけは、こんなに安らいだ表情をするなんて。

(…どんな夢を、見てるのかなあ?)

酒精の強い寝息に、僅かに眉を顰め。
ルルアンタはそっとカウンターから滑り降りる。
―――その衣擦れに紛れる程、微かな声だった。

「……ルヴィス………」

意味の判らぬまま、数歩歩み。
―――慌てて駆け戻ったルルアンタが耳を欹てても、静かな寝息しか聴こえない。
でも、聞こえた。
確かにそう呼んだ。

(もしかして、パルヴィスの夢、見てるの……?)

―――誰にも心を踏み込ませないと思っていた、この人が。
自分の大好きな、弟みたいな少年を、夢に見てくれている。

(どうしよう。どうしよう)
どきどきが止まらない。
嬉しさで、胸がはちきれそうだ。
…ああ、パルヴィスはどんなに喜ぶだろう?
知っているのだ。パルヴィスが、どれほど彼に憧れているかを。
彼の事を話す時の、少年のきらきらした眼差しを。





「―――ルルアンタ? どうしたの、ぼうっとして」
聞き慣れた声に、慌てて顔を上げると、当のパルヴィスが居た。
考え事をしながら歩く内に、何時の間にか、宿屋に戻っていたらしい。

何でもないよ、と答えた声が妙に明るく響いて、ルルアンタはつい両手で口を塞ぐ。
案の定、パルヴィスが不思議そうに覗き込んできた。
(どうしようかな……話しちゃおうかな)
きっと、酒場の彼は困ってしまうだろう。
酔った上の寝言を、他所で話されたりしたら。
だけど、だけど。

(嬉しい内緒、だもんね)

嬉し過ぎて、ルルアンタ1人の胸には仕舞っておけないから。
だからパルヴィスと半分こしよう。
2人だけの内緒だから、いいよね?

訝って身を屈める少年の耳元に、ルルアンタは背伸びして、唇を寄せた。
ねえ、内緒だよ?
いつか内緒じゃなくなる、その日まで。

「パルヴィス、あのね………」







イラストやアイコンを頂いたり、お便りを下さったり、我侭を聞いて下さったりと、
実は水面下で頭も上げられない位(笑)お世話になりまくっている
「ジオラマ」さんの来賀様へのお礼SSです。
……お礼だと言い張らせて下さいっ(涙)

来賀様の男主・パルヴィス君(旅先編)に纏わるお話を妄想してみました。
以前掲示板を賑わせた同名の小話は、元々この構想から派生したものです。
相も変わらずルルアンタ贔屓ですが、気に入って頂けたみたいでよかった;;


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