ジェットコースター・ラヴ−恋はいつでも急転直下−


“女心と秋の空”とは、移ろい易さの代名詞である。
だがロキソニンの知る限り、空なんて年がら年中変化の激しいものだ。
ならば、女性はどうであろう。

「ひどいよ、ロキソニンのバカ! もう一緒に冒険なんか行ってあげないんだから!」

…少なくとも2分前、広場で声を掛けた瞬間までは、彼女が上機嫌であったとロキソニンは証言出来る。
しかしそれを弁明する間もなく、思い切りのいいストレートが飛んできた。
バキッ!
「ぎゃっ!」
左頬を殴られ吹っ飛ぶロキソニン。
その手から転げ落ちる、オッポスの岩の欠片。
「あーー!!………」
脇で見ていたヴァンとナッジの悲鳴も、エステルにきっ、と睨まれて尻すぼみに消える。

事の起こりはこうだった。
久方振りにパーティ入りしたエステルに、ロキソニンが、石をプレゼントしたのだ。
そして今に至る。
文字にして僅か一行、その間に何が起きたかと言えば、何も起きていない。
ロキソニンが、脇を通り過ぎた綺麗なお姉さんに、目を奪われた訳でもない。
渡した石も、千年石やヒャンデ鉱などの、バッドステータスを引き起こす類ではない。
一体何がエステルの女心を荒立てたのか。

…少年3人がそんな事を反芻する間もなく、気付けばエステルの後姿はあっという間に小さくなっていく。
だが今回ばかりは、さしもの親友達も「早く追いかけて謝れ」とは言い難かった。
何しろ、傍目から見る限り、ロキソニンにはまるで落ち度が無いのだ。
おまけに、プレゼントを受け取る所か公衆の面前で殴られて、さすがのロキソニンもカチンときている。彼とて一介の少年、救世主でもなければ観音菩薩でもないのだから。
「…ンだよっ…っ、こっちだって知らねえよ!」
赤く腫れた頬を摩りながら立ち上がると、エステルとは反対の方向へ歩き出す。
「お、おいロキソニン…」
「うるせえ! 放っとけ!」
怒鳴り声にひえ、とヴァンは首を縮め。
同じく長身を縮こまらせたナッジは、だが親友の言葉に涙を堪えた様な響きを感じて、そっと溜息をついた。





(バカ! バカ! ロキソニンのバカ、もう大っキライ!)
人ごみを足早に抜けながら、エステルは胸の中で何度も繰り返していた。
―――この前取ってきたんだ。エステルにやるよ。
そう言って石を差し出した、得意そうな表情。
「何だよ、バカ!」
急に叫んだ事で、通りすがりの人がぎょっと振り返るのにも、構っていられない。
石畳の路地を過ぎ、街を見下ろす小高い丘に辿り着いた所で、ようやく少女は足を止めた。
上気した顔に、冷たい風が心地良い。
其処にすっ、と伝わった熱い滴を、手の甲で強引に拭いながら。
「……ひどいよ………」
しぼんだ心でぽつり、と呟く。

―――あの、鏡みたいに光っていた石。
竜王の島でしか獲れない事で有名な、オッポスの岩に違いない。
ずっと前にギルドで見せて貰ったものの、エステルはまだ、竜王の島で育つ巨岩を見た事が無かった。
しかし、「取ってきた」という事は、ロキソニン達は竜王の島へ行ったのだ。
彼女がメンバーに居ない時に。

「…ボクも、一緒に行きたかったのに……」

楽しみにしていたのだ。
いつか、冒険者の憧れとも言うべき竜王の島で、かの少年と冒険する事を。

それが自分のワガママだと、エステルも解っている。
砂漠の民の族長である彼女は、度々パーティを抜けて故郷に帰らねばならないのだ。
その間、冒険をせず待っていろだなんて、ムシの良い話が出来よう筈も無い。
「だけど…、だけど…っ……」
―――とびきりの難所である島にも、彼となら行けるかも知れない、と。
地図を眺めながら、毎日、楽しみにしていたのに。

「…ロキソニンのバカ……」
呟いた言葉に、また涙が零れる。
「ボクだって、キミの事大好きなのに……」

男同士で遊ぶ方が、一番楽しい年頃なのだ。
実際、幼馴染三人ではしゃぐ姿に、疎外感を覚える事もある。
肉体労働専門、なんて嘯いても、きっとエステルは足手まといだろう。
それでも。
「一緒に冒険、行きたかったんだ……」

草むらに座り、悄然とするエステルの耳に、さく、と足音が届いた。
はっと振り仰ぎ―――それが仲間の一人であると気付く。
「ごめんね、ロキソニンじゃなくて…」
ナッジは済まなさそうな表情を浮かべると、「隣、いい?」とエステルの横に座り込んだ。

「ねえ…エステル、ごめんね? 一緒に冒険、行きたかったんだね」
少女は、その言葉に再度はっとする。
4人の中で一番年長であるナッジは、一番穏やかで、そして一番察しが良いのだ。パーティ内のケンカを収めるのはいつもナッジだし、拗ねたエステルの気持ちを理解して、宥めてくれるのも彼だった。
「でも許してあげて? ロキソニンね、君の為にあの石を取ってきたんだ」
「……? ボクの為?」
「そうだよ。いつも地図で竜王の島を見てたんでしょ? ロキソニンが言ってたよ」
「ロキソニンが?」
―――気付かなかった。自分の事を見ていてくれたなんて。
「だからね、僕らが止めるのも無視して、一人で竜王の島に行ったんだ」
「一人で!?」
思わずエステルは身を乗り出した。―――無茶だ。いくら強くなったとは言え、あそこのモンスターは今のロキソニンやエステル達には太刀打ち出来ない。
ナッジはそれに頷いて、ポケットを探る。
「『逃げ回って散々だった』って言ってたよ。ホントにボロボロで帰って来てね……でも、コレだけは取ってきたんだ。君が持っていてくれるように、って」
…大きな手で差し出される、先程の鏡石の欠片。

「『自分達と一緒に、冒険をした気分になれるように』…だって」

族長という立場上、思いのまま冒険出来ない少女の為に。
冒険の証として。

「…ロキソニン…、そんな風に、思ってくれてたんだ……」
石を見つめる彼女に、「ちょっと言葉が足りなかったけどね」とナッジは苦笑する。
「でも仕方ないんじゃないかな? ほら、ロキソニンがバカだって事は、エステルでなくても皆が知ってるし」
「アハッ、そうだよね。さっきだって何の説明なくってさ」
「そう、いつまで経っても子どもっぽいんだ。…だから、エステルから許してあげてくれないかな?」
「ボクから?」
「そうだよ。だって僕達の中でエステルだけ女の子じゃない。女の子って、男より早くオトナになるって言うでしょ?」
そこまで言われると、エステルにも悪い気はしない。
そっかなあ、と頭を掻きながら立ち上がった。
「海の見える方の丘にいると思うよ」
「うん! ありがとうナッジ、行ってみる!」
ぐ、と石を握り、エステルは先程来た道を駆け出す。

知らなかったよ。
キミが、ボクをちゃんと見ててくれていたなんて。
ボクが竜王の島に行きたかった事を、知っていてくれたなんて。





…同じ頃、ロキソニンは草原に寝転んで不貞腐れていた。
本当に、ミノタウロスやらブラックカウントやらに追い回され、うっかりノロガメの甲羅なんか拾ったばかりに余計逃げ足が鈍って、やっとの思いで見つけた岩はボートのすぐ裏手と、散々苦労をして持ち帰った欠片だったのだ。
それなのに、肝心の相手には怒られるわ殴られるわ、踏んだり蹴ったりだ。
「―――ロキソニン!」
「うわ!?」
その肝心の相手に突然青空を遮られ、ロキソニンは飛び上がった。
慌てて体を起こすと、エステルはすぐ側に立って、上半身を折り曲げて彼を覗き込んでいた。彼が起きたのを見て、同じ様に膝を折る。
「さっきはごめんね。…痛かったよね?」
グローブを外した手が、頬を労わる様に撫でる。
それにロキソニンは「別に」と顔を逸らした。まだ怒っているのだ。―――怒っているのに、エステルの顔を見ると怒れない。惚れた弱みである。
「ねえ、ナッジから聞いたんだ。…これ、ありがとう」
少女がもう片方の手を開いた、その中の鏡の様な煌きに、ロキソニンは目を射られてついそちらを向く。
「ホントにありがとう。嬉しいよ。…でも」
「………何だよ?」

「ボクも、キミと一緒に行きたかった」

目を見開く少年の前で、エステルは逆に、そっと睫毛を伏せた。
「置いていかれた気がしたんだ。キミはボクを置いて、いつも先に行っちゃう。…ボク、キミと一緒にいたい。キミと一緒に冒険して、一緒に色んなものを見たいんだ」
静かな言葉が、余計に彼女の真摯さを伝えてくる。
「…マジ? それ、ホント? エステル……」
ロキソニンが思わず彼女の手に触れると―――エステルは顔を上げ、今日一番の笑顔を綻ばせた。

「当たり前じゃない! だって、ボクらは友達なんだよ!?」

「………………………はい?」
気の抜けた少年の返事をよそに、エステルが彼の手をぎゅっと握り返す。
「一緒に冒険をする、友達じゃないか! そりゃ、ナッジやヴァンよりは付き合いが浅いけど、でもボクにとってキミは、一番の友達なんだ!」
「………………はあ………………」
「ラドラスにも沢山友達はいるけど、ボクはキミが一番好きだよ。胸を張って言える。一番大事な友達だってね!」
「………………そっか………………」
「ナッジから聞いてさ、キミもそう思ってくれてたんだなーって…ヘヘ、凄く嬉しいよ。きっと運命もボクらを友達にするって決めてくれてたんだ! そう思わない? ねえロキソニン、ボクら一生友達でいようね!!」
相手の怒りが解けた事を感じ、感極まったエステルは熱弁を振るう。
ロキソニンの眼差しが微妙に遠い事にもお構い無しだ。

結局の所、エステルを波立たせたのは女心ではなく、冒険魂と友情だった様だ。





「…女って、残酷ー……」
野郎3人が3人とも、まるで恋愛対象として見られていなかった事に気付かされたヴァンの、やはり何処か遠い声を聞きながら。
一番オトナであるナッジは、今度はどう皆を慰めればいいのやらと、頭を痛めていた。


 


拙宅2周年記念に駆け足で作った創作。個人的には今ひとつの出来でした。
エステルが恋心に気付くのは、まだまだ先のお話。頑張れ負けるなロキソニン。



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