ご注意 : 先に、「唐変木のためのガイダンス」のちい・k様が書かれた
「子犬と風来坊3」をお読みになって下さい(出来れば全シリーズ)。
それに便乗して書いた、本気で勢いだけのお話です。
…一応、ルーディ君とも読める様にはしましたが。











人の噂は千里を走る


今日も今日とて、ロストールのスラム酒場は笑い声に溢れている。
喧騒の中心であるカウンター席には、この店の顔とも言うべき常連の男と、未だ新米の雰囲気が抜けない若い冒険者が、簡素だが温かな食事を進めていた。



「…そんじゃ、しばらくロストールに居るんだな?」
「はい、依頼を全部終わらせるまでは…」

茶器を置いて、見上げてくる若い娘―――サファイアに、ゼネテスは片目を瞑る。

「依頼が次々舞い込むたぁ、冒険者の勲章だ。頑張れよ?」

そんな、と苦笑する少女が、ふと息を呑み、頬を染めて俯く。
原因は、男が見せた表情の所為で。

…そういった、傍目に甘ったるい光景が、茶飯事の様に繰り返されては、酒場の面々とて腐るというもの。
まして、サファイアは近頃の注目株。それをこんな場末の遊び人が独占するなんて、大枚をどぶに捨てるようなものだ。お天道様が許しても、邪神ウルグが許すまい。
…等々、ちょっぴり意地悪な気持ちになったマスターを、誰が責められよう。



「ところでゼネさん、あんた、リベルダムで裸踊りやらかしたんだって?」



ぶっ、と酒を噴き出した男の隣、ナイフが皿に落ちてカシャーンと音を立てる。

「な、な、何でンな話を知って!」
「…しかも酔って男の子に絡んだ挙句、ベッドに引きずり込んだんだろ? ここいらじゃ一昨昨日から噂だよ、この両刀
「違っ、ありゃあ…!!」
前後不覚な程に酔った末の出来事で、というか1週間前の話がなんでそんなに早く伝わっているんだ、等と慌てふためきながら、酒場の主人の口を塞いだゼネテスが、恐る恐る隣を見ると。

ナイフを落とした姿勢のまま、栗色の髪の少女が石化していた。

(…まずい、確実にまずい!)
同じ年頃でも、酒場の娘ならば苦笑しつつ「見たかったわ」くらい言うに違いない。
しかし、この初心で馬鹿正直な少女は違うのだ。
想像してしまったのだろう、目に見える程に漂う拒絶反応のオーラ。
ここ数ヶ月で植えつけた、悪い男―――もとい、頼りになる凄腕冒険者のイメージが、彼女の脳内で粉々に砕ける様子が、如実に伝わってくる。
「いや、違うんだサファイア、これには事情が―――」
焦ったゼネテスが空いた手を伸ばし―――その傍ら、もう一方の手をようやく口から剥がして、マスターが追い討ちをかけた。

「しかも、とうとう女装癖に目覚めたんだってな?」

「―――!!! 何をどうやったらそんな話になるんだッ!!!」

思わず主人の顔に鉄拳をめり込ませ、「しまった」と呟きつつも取り敢えず少女に向き直るゼネテス。
「な、なあサファイア、あのな……」
…だが、その手が肩先に触れた瞬間。

ビクン、と震えたかと思うと、少女は派手に飛び退った。
あたかも怯えるリスの如く。

一瞬、「ほら、怖くねえよ」と言いながら口元に指を差し伸べようか、本気で悩んだゼネテスである。しかしクルミを砕く齧歯目とキツネリスでは、噛まれたらどちらが痛いのだろう。
―――そんなトランスをしてる場合じゃない。サファイアのあの素直な瞳が、豊かな感情を表す目が、今ははっきりと「不潔」の二文字を映しているのだ。あまつさえ涙を滲ませて。
―――無理矢理押し倒したら、こんなカワイイ顔をするんだろうか。

(だから、そうじゃねえっての!)

現実逃避を繰り返す男から、サファイアはついと顔を背け。
「あの…っ、仕事があるので、これで失礼します!」
代金を放る様にして、ぱたぱたと走り去ってしまった。



後には、ようやく我に返った男と、一瞬の静寂。

「………っ、ぎゃははははは!!」
「いやー見ものだったなあ!」
「ゼネさんも、否定すりゃいーのによ! 何マジメに固まってんだか」

―――そして爆笑の渦。



「〜〜〜〜〜お〜ま〜え〜ら〜〜〜!」
涙目で拳を固めるゼネテスの肩を、やっと立ち上がったマスターがぽんと叩く。

「短い春だったな」
「散らせたのは誰だっ!!」

再度、右ストレートで店主を床に沈めたゼネテスだが。
既にアルノートゥンにまで「剣狼ご乱心」の噂が伝わっているとは、知る由も無い。

彼の運命や如何に。







…こんな物を気に入って下さった、ちい様始め、心の広い皆様に大感謝です(平伏)。

因みに、ドワーフ王国の時点で「女装しかる後に脱衣」(by某様)、
アキュリュース到達時には「オカマストリップバー開店」になってます(大嘘)。
男の園アルノートゥンにどんな形で伝わったのか、想像するだに恐ろしいですね。



戻る