デートスポット




「やっぱさー、どっか遊びとか行きたくねー?」



ヴァンという少年は、ダジャレも唐突ながら、考えもかなり一足飛びである。
「…お前、これからギルドに行きましょうって時に、何言い出すんだ…」
ここはアミラル、港町。海の照り返しが眩しいわ湿っぽいわで、山麓育ちのロキソニンは、かなり夏バテ気味であった。
それに引き換え、ようやくあの過保護な親達の下から抜け出したヴァンは、怪我も忘れてはしゃいでいる。

「お前、夏だぜ夏! 8月の下旬だぞ、行楽のひとつも行かねーでどうすんだよ!」
「海はもうクラゲが出てるし、山にはこないだ行ったじゃねーか」
「ラミリー山は仕事で行ったんだろ? ギルドの仕事ばっかしてっと禿げるぞお前」
「てめ人が気にしてる事をッ!」
「あーはいはい、もう!」
…そんな2人を仲裁するのは、やはりと言うか何と言うか、ナッジの役目であった。
「ヴァンはこの前まで寝込んでたんだから、あんまり遠出するのは良くないよ。だけどロキソニンも、そんなに根詰めてお仕事する事、ないんじゃない?」
穏やかな言葉に、ロキソニンの歩みが止まる。見かけこそ気弱そうだが、三人の中で一番年長で面倒見の良いナッジに、悪ガキ2人はあまり逆らえないのだ。
「そうは言うけど、やっぱ、早く強くなりてーからさぁ…」
石畳に視線を落とす悪ガキその1の肩を、その2がぽん、と叩く。

「ま、気持ちはわかるぜ。…もうすぐあの子が帰ってくる頃だしな」
「……お前は昔から、ダジャレも含めて一言多いんだよ!」
「ありがたがってくれ」
「褒めてねえ!!」

ヴァンの肩をがくがくと揺さぶる少年の顔が紅い。―――そう、そろそろエステルがパーティに参入する頃合なのだ。一目見て惚れ込んだヴァンは勿論、ナッジも何処かそわそわしている。

「ままま、落ち着けって。デートのお膳立てしてやろうって言ってんだからさ!」
―――唐突な台詞に、ロキソニンは再度ぴたりと止まった。
「…お膳立て? 何で?」
「だからさ、ナッジも言ったとおり、俺は病み上がり。遠出は出来ねえ。でも女の子ってのは、やっぱり遊びに行きてえとか思うモンだろ?そこでだ」
ヴァンがびし、と指を突きつける。
「お前がエステルを連れてってやれ。俺とナッジは、この街で休んでるからさ」
「え?え? 聞いてないよ??」
目を白黒させるナッジを無視して、話は進む。会議は踊る。
「つ、連れてくって…何処にだよ?」
「ふっふっ、その辺は抜かりない。この近くに“幻惑の洞窟”ってのがあるじゃねーか」

幻惑の洞窟。
言うまでも無く、ギルド指定の冒険ポイントである。

「…ある、けど、何か遊ぶ所あったか?」
「わかってねーなぁ。あそこは天然の迷路だぜ、め・い・ろ! 迷路と言えばテーマパークのお約束じゃねえか」

(………そうだっけ?)
首を傾げるナッジだが、何せこの時代にはそもそもテーマパークが存在しないので、判断の仕様がない。
…それに、以前ロキソニンと2人で冒険した時、最深部までは行く必要が無かったものの、複雑な地形に手を焼いたのだ。かなりの迷路には、違いない。


「陽の射さない暗い洞窟、曲がった先に現れるモンスター、怖がる女の子―――その敵を一撃で倒す男!」
「お、おお?」
「ま、何つーの、迷路で仲を深めいろ、なんてな!」

―――別名、瞬間冷凍庫。
暑い夏、一家に一台は欲しいヴァンのダジャレが、だが今日ばかりは、灼熱の太陽も後退る気迫の少年に気圧された。

「…深まると思うか?」
目を爛々と輝かせる親友が、またもがっしと肩を掴んでくるので、慌ててその手首を掴んで引っぺがすヴァン。…しかし、そうとう力強い。並々ならぬ意気込みだ。
「あ、ああ。…それに此処だけの話」
「ここだけの話?」
急に声を潜める2人。

「最深部には、あのコロル石が出るらしいぜ」

(…ここだけも何も、ギルドで公開されてる情報じゃない!)
ナッジは泣きそうになる。―――しかし考えてみれば、つい最近冒険に加わったヴァンが、ギルド以外の情報筋を知る筈も無く。
「マジ!? 紺碧の洞窟で見た、あのキレーな宝石!?」
…逆に、名の知れた冒険者のロキソニンなら、押さえてて当然の筈だが。
(…いや、押さえてて当然と言えば……)

「やっほー!!三人とも、元気にしてた!?」
やたら熱を帯びた空気を切り裂く、朗らかな声。

エステル、とナッジが手を挙げる傍ら、悪ガキ2人は素早く頷き合った。城門から駆けてきた少女に、ロキソニンが進み出る。
「あ、なあエステル…その…これから、冒険に出る元気、あるか?」
「ちょ、ちょっと待ってロキ…むぐっ」
実行する気だ、と慌てるコーンスの少年の口を、ヴァンが手で抑える。着々と進む会話。踊る会議。
「もっちろん! 何、早速出かけるの? よーし頑張るからね!」
任せてよ、と力こぶを見せるエステルに、ロキソニンが照れたように笑った。
「よし、んじゃ行くか! ヴァン、ナッジ、留守番宜しくな!」



「……いやー、解り易いなアイツ。やっぱ夏を焦がすのは情熱の炎だよな!」
「……ヴァン……」
小さくなる2人の背中を眺めながらニヤニヤするヴァンに、これ以上気温を上げてどうするの、と突っ込みたい気持ちを抑えて、ナッジはようよう口を開いた。

「…ひょっとして、今あそこにゴーストが出るの、知ってて黙ってた?」





「ぎゃあああっ! うおわあぁっ!!」
奇っ怪な悲鳴が、洞窟内に木霊する。
声の主は、我らがヒーローロキソニン―――子どもの頃からの幽霊嫌い。
それなのに、以前ゴブリンしか居なかった筈の洞窟は、ゴーストの巣と化していた。
しかもこのゴースト、魔法でしか倒せない上にHPが高い。
剣が得意なロキソニンには、文字どおり、太刀打ちできない。



「え? だって夏のテーマパークと言や、お化け屋敷だろ?」
「…さっきと言ってる事、違わない?」



「えいっ!…ほら、もう大丈夫だよ、ロキソニン」
そのゴーストを、2匹いっぺんに消し去って、エステルがにこっと笑う。
いつもなら見惚れる筈の笑顔にも、ロキソニンは引き攣った表情を返すだけだ。
(…お…俺、かっこ悪ぃ…)
魔法の得意なエステルばかり戦わせている。明らかに男の美学に反する…が、何分ロキソニンではゴーストの相手にならないのだ。
がっくりと項垂れる少年の腕を、くいくいとエステルが引っ張る。
「さ、奥に進んでみようよ。…そう言えば、今回の依頼って何だっけ?」
「え、いや、その」
―――迷路でデートしようと思いました、なんて言えない。
(戻ったら覚えてろよ、ヴァンの奴〜……)
呻いたと同時、ふとエステルの手が強張る。はっとしてその先を見遣ると―――。
「!!」
ゆらゆらと浮遊する、巨大な人影が居た。

「リッチ…? 嘘、何でこんなトコに…?」

呆然とするエステルの隣、ロキソニンもまた信じられない気持ちでいた。―――リッチと言うと高位の悪魔。物語にしか聞かないそれが、まさか人里近くに出没するとは。
咄嗟に少女を背に庇い、ロキソニンはちらと相手の足元を見た。影は―――在る。
(実体だ、剣が効く!)
「エステル、隠れてろ!」
叫ぶと同時、ロキソニンは地を蹴って飛び出した。背後でエステルが悲鳴を上げる。
「だめ、ロキソニン! そいつ―――桁外れに速いんだ!!」
―――切先が届くより先に、周囲が明るさを増す。
(な!?)
瞬く間に、見たことも無い程巨大な炎球が、次々と降ってきた。
「うわああぁっ!」
動きの早さというより、悪運の強さで辛うじてかわすロキソニンの隣に、走り出たエステルが並ぶ。
「ボクが魔法で何とかする! その間に、ロキソニンは逃げて!」
「なっ…何言ってんだよ!」
答える間もなく、エステルが呪文を唱える。
「ホーリー!」
たちまち光が頭上に生まれ、リッチを包み込んで爆発した―――した筈だった。
光が消えた場所に、魔物はまだ浮いている。
「効かない!?」
「いや、腕が焼き切れてる…2本」
元々6本あった腕が、4本に減っていた。それでも痛みを感じないのか―――否、怒って更に魔法を仕掛けてくる。
「うわわ!―――リフラックス!」
魔法バリアを慌てて張ったエステルの機転で、ロキソニンへの猛毒攻撃が鈍る。
「っつー…、サンキュ。けどこのままじゃ…」
はっと閃いて、懐の聖光石の珠を投げつけた少年。激しい光にリッチが戸惑った隙、自らの武器に炎撃の油をぶちまけた。
「ロキソニン!?」
「魔法剣にすりゃ、少しは効果あるだろ!」
火の属性を宿した愛剣を手に、ぐっと重心を落として。
「人間なめんじゃねーよッ―――!」
得意の衝撃波を巻き起こす。それがリッチに届いた瞬間、少年は魔物の寸前で剣を振りかぶっていた。
ザン、と肉を斬る衝撃に続いて、傷を焼く炎が魔物の全身に燃え移る。
「エステル!」
「OK!」
飛び退るや否や、エステルの聖魔法がリッチを直撃した。
眩い光が収まった後―――今度は、何も、居ない。

「…やったか…?」
「やったよ! ボクたち、リッチを倒したんだぁ!」
息を切らしながら、それでも晴れやかな顔でエステルが一回転する。ロキソニンもぶん、と剣を振って―――。

「ん?」
化け物が居た奥に、蹲る影を見つけた。

(まさか、また別のヤツか…?)
エステルに下がっているよう言って、恐る恐る近付くロキソニン。それに気付いてか、影がふと頭を上げた。―――人間の女の子だ。以前ロストールで見た酒場娘に、どことなく感じの似た―――。
「ああっ、助けに来て下さったのですか!? ありがとうございます!」
…好みかも、等と思っていた所為で、反応が遅れた。気付けばひしと抱き付かれしがみ付かれている。

エステルの、目の前で。



「しかも、実は19000ギアの救助依頼があったんだよなー。酒場娘を助けて!ってさ」
(…………もしかして、計画的犯行?)



「……ふーん、そういう事」
気圧の低い声に、ギクリ、と身を竦ませるロキソニン。振り向けば、エステルがショートソードをガシャン、と収める所だった。
「ボクにお化けを倒させて? ロキソニンは殆ど消耗しないで? しかもリッチ退治にまで付き合わせて? 何かと思ったらそーんな可愛い子を助けに来たんだ」
「いや、ちょっと待って、誤解…!」
「いーよいーよ、女の子を助けるのは勇者様の役目だもんね? ちゃーんと送り届けてあげなよ。じゃ、ボク帰るから―――エスケープ!!」
「えええっっ!?」
シュン!と閃光が地面から天井へ突き抜け―――瞬きした時には、エステルの姿は、無い。



「……俺、脱出魔法使えねえんだってば―――!!!」



洞窟の最奥に取り残された少年の絶叫が、尾を引きながら反響していった……。





その後、再築が進むアミラル1大きな宿屋の別館で、ボコボコにされた少年と、おろおろするコーンスの少年が発見されたという。
また、竜骨の砂漠にある遺跡周辺には、お百度参りをする茶髪の少年が現れるとか現れないとか。




…相変わらず、エステルが不幸ですが、今回は全員不幸という事で(駄目じゃん)。
8月限定の作品でしたが、頂いたご要望に有頂天になった管理人、校正して再アップしちゃいました。
お遊びなので、真剣に読んじゃ嫌ですよ(汗)。




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