渡る世間は狭過ぎて -ロキソニンの不幸道中雪達磨-



バイアシオン大陸最大の謎。
それは、歴史が今ひとつ判然としない事でも、様々な物理的法則が怪しい事―――石化しても落ちない飛翔系モンスターとか、鍛冶にかけたら別物になる武器とか―――でもなく。
目の前を歩く、この十数年来の親友が、異様にモテる事に違いない。
…そういう見解で、ヴァンとナッジは一致している。



「だってよー、別に凄ェ美形って訳でもねーだろ?」
「匂い立つような色気とか、逆に獅子の様に猛々しいとか、そういう形容って似合わないよね」
「せいぜい、田舎町のガキ大将?」
「剣聖に見えない剣聖?」
「お、わかったぞ、玉子危うきに近寄らず!」
「………、玉子はそもそも動かないよ、ヴァン」
「かーっ、俺が期待したのはそんなツッコミじゃねえ! 君子と比べて格下っていうこのハイセンスさを何で感じ取れねえかなあ! 大体、コロンブスの卵だって立ったじゃねえか」
「君子をどう音読したら玉子に引っ掛けられるのさ、せめて王子にしなよ! 大体それ何処の世界の言い回しなのさ!」

「だああああっ!! うるせえ、黙って歩きやがれ!!」

振り向きざま怒鳴るのは、玉子剣聖ロキソニン。
だが背負った“荷物”を思い出し、慌てて口を噤む。

3人は、冒険がてらギルドの依頼をこなし、帝都に戻る途中である。
しかし、名所だ何だと口車に乗せられて出かけた“乙女の鏡”は、冬の所為だろう、氷の張った湖の周りをスノーマン達が闊歩する、身も心も凍り付きそうな場所であった。
ロキソニン達でさえそうなのだから、救助対象の少女には余程堪えたのだろう。気を失ったままなので、やむを得ずロキソニンが負ぶって運んでいる次第である。
…だが、実は彼女はとうに目覚めていて、背負われたいが為に黙っているのだ。
教えようとしたヴァンとナッジを、青い目でじろりと睨むので、彼らも結局言い出せない。近頃の女性は、なかなか強からしい。
親友を気の毒に思う反面、そこまで慕われる事に少々羨ましさを覚えるのも事実。

「女を独り占めして、鼻の下伸ばしてる奴に言われてもなぁ」
にべもないヴァンの言葉に、「お前なあ…」とロキソニンが半眼になる。
それでも、背負う役目を譲らないのは、完治したとは言え以前大怪我をしたヴァンと、先の激戦で魔法攻撃を多用し、消耗したナッジを慮っての事。
それ位は、無論2人も承知の上だ。
「街に着く頃には、ちょっとは逞しくなってるかもね。頑張って」
「で、まぁた人気が上がるんだぜ。いーよなあ」
…あまり確信は無いが。
最早言い返す気力も失せて、代わりに少女を背負い直すロキソニン。
―――その肩に、突如、緊張が走る。

「…? どうしたの?」
「……やべえ。エステルが来てる気がする」
「何ィ!?」

ロキソニンの勘は外れない。こんな時は必ず、城門近くで彼女が待っているのだ。
大切な仲間の帰還を待たずに冒険に出てしまった事、何より他の女性を連れている事への後ろめたさに、お年頃の少年達は激しく狼狽した。

「どどどどーすんだよ、取り敢えずその女一旦下ろせ!」
「その前に、顔とか服とか拭いた方がいいって!」
「ってお前等、さっき拭いてくれっつったろ!!」
半泣き状態のロキソニン、実は頬やら額やら襟やらに、口紅が付いている。
所謂キスマークである。
少女を負ぶって、両手が塞がっているのをいい事に、道中出会った冒険中のカフィンやら散歩中のカルラやら謎の女魔道士やらに、べたべたと付けられたのだ。
…モテているというより、単に遊ばれているだけかも知れない。
とは言え、よくもまあ短時間で、それだけの女性に遭遇するものだ。
(確か、そんな格言があったよね……危うきに近寄らず、じゃなくて……)
「だーっ、ナッジがまた何か考え込んじまった! おいヴァン、布!布!」
「残した方が面白ぇのにな……っておい、服に付いた奴取れねえぞ!?」
「何イィ!?」
当たり前である。
「どーすんだよ! いや、その前にこの女! どこに隠す!?」
「ナッジに背負わせたらどうだ? あいつデカイから、前からは見えねえだろ!」
「えー嫌ですぅ」
「………」
「………」
「起きてやがったのかよ、このアマ!!」

言い忘れていたが、ロキソニンは男女平等主義である。
正確に言えば、男女の見境なく、乱暴でガサツなのだ。
今も、背中の少女を引き摺り下ろし―――流石に地面に叩きつけはしなかったが―――、胸倉を掴んで怒鳴ろうとした所だった。

「あ、ロキソニーン! 待てなくて迎えに来ちゃった…よ………」

だがしかし。
悲しいかな、第三者からは、道端で少女を押し倒しているようにしか見えなかったりする。

「………」
「…あー……」
「えーっと……」
「………………」

均衡状態を破ったのは、緊張感のカケラも無い一声だった。
「きゃっ、襲われちゃってるかも!」
「違うっっ!!」

黙らせようと相手をぶんぶん揺さぶるロキソニンだが、時既に遅し。
覆水トレーに返らず。
…尤も、恋人未満であるこの2人に、返るという表現が当て嵌まるか微妙ではある。

「〜〜〜っ、信じらんない信じらんない! ロキソニンのバカ!不潔!!」
「誤解だってエステル! 俺はただ、あの女を殴ろうとして……」
「!! ヒドイよ、女の子を殴るなんて!最低!」
バシィッ!!
「痛ってェェ〜! うわっ、エステル待てよ、ぎゃ〜帰るなってば!………………」

「うーん、玉の輿作戦失敗かも。でも美味しい思いしちゃった☆ 古代魔法の手がかりは無かったけど、幸せかも!きゃっ」
座り込んだまま自分の世界に浸っている、ユーリスとかいう名の救助依頼者の傍ら。
取り残された悪友達もまた、その場に立ち尽くしていた。

「…何つーか……女にモテる割に、女運無ぇよな、あいつ」
「有名になればなる程、人生下り坂って感じだよね……」
呟いて、ふとナッジは先程の疑問を思い出した。
「あ、ヴァンあれだよほら、ピクシーも歩けば棒に当たる」
「…何かしようとすりゃ災難に遭うってアレか…。つまり何だ、あいつにはこの世界は狭過ぎるって事か?」
「うーん、でも他所の大陸に行っても、同じ様な目に遭う気がする」
「それもそうだな……」



先読みの巫女エアにも、竜王にさえも測れない、無限の魂の行く末を、たった2人の少年が遥かに見越しているという事実。
明日のバイアシオンは、どっちだ。







同じく1周年記念の二次創作。ロキソニンのコメディバージョンです。
…全然、祝っている雰囲気ございませんけど(ファイル名なんか「ひも」だし;;)
この1年、やる事為す事ネタばかりの彼には、随分助けられました。
皆様のご愛顧にも、心から感謝しております〜。

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