魔除けの枝を冠に


「あー畜生、冷えんなぁオイ!」
パチパチ、と爆ぜる音を前に、震えているのは人間種族の少年。茶色の前髪から覗く琥珀の目が、寒さの所為か、苛立った光を宿している。
「寒いなんて言ったら、余計に冷えるよ、ロキソニン」
対照的に穏やかな声の主は、ロキソニンと共に旅をするナッジだ。気性の穏やかなコーンス族という事もあり、友の短気さもそう気にならないらしい。
「んな事言ったってよー、下手すりゃここ、テラネよか寒くねえ?」
「トールよりはマシでしょ?」
生まれ故郷に程近い巡礼所、天にも届こうかという高さの霊峰。
彼らの遊び場であった山の名に、ロキソニンは目を細めた。

怪我をした親友の仇をとるべく旅立ったのは、ほんの2ヶ月前。
嵐の様に過ぎた冒険者としての日々は、だが振り返るとあまりに充実していて、弥が上にも故郷の思い出を遠く感じさせる。

「…もう、雪で真っ白だろうな」
麓に秋が来る頃には、早くも冠雪する山を思い、ロキソニンは白い息を吐く。
「なあ、覚えてるか? 頂上に行く道に、柊の枝を置きまくった事」
少年の言葉に、ナッジが軽く目を見開いた後、くすりと笑った。
「覚えてたんだ。ふふ、すぐ新しい悪戯を思いつくから、とっくに忘れたと思ってたよ」
「んだよ、うるせえなあ」
「そうだね……あの時は大変だった」
孤児の彼らを厭い、辛く当たるヴァンの父親に腹を立てたロキソニンが、彼らを悪く言われてやはり立腹したヴァンと共謀し、巡礼客の案内を生業とするヴァンの父親が触りそうな場所悉くに、尖った柊の枝を差したのである。客が怪我したらどうするんだ、と叱る大人に、少年達はしれっと、
「ヒイラギって、魔除けになるんだろ? なら別にいいじゃん」
と答えた。彼らにその知識を教えたナッジは、呆れて言葉も出なかったものだ。
「挙句、町に来た冒険者にまで配るし」
「ありゃイタズラじゃねえぞ。本気だったんだからな」

彼等が居たテラネの町は、冒険者に冷たい土地だった。
それでも時折訪れては、様々な話を聞かせてくれる旅人達に、幼い彼等は憧憬を抱き、菓子だの保存食だのに柊の枝を添えて、度々差し入れていた。
今考えれば迷惑な話だろうが、当時の彼等は、真剣に道中の安全を祈っていたのだ。
尤も、教会の敷地内の柊を千切られた神父の怒りは、ひととおりでなかったが。

「あれ、ホントに効果あんのか?」
「どうだろうね。おじいちゃんが言ってたから間違いないとは思うけど…。今度見つけたら試してみる? 輪にして冑代わりに被せてあげようか」
「よせやい」
嫌そうに顔を顰める少年に、ナッジが笑いながら、二人の間の焚き火を棒で掻く。
冷え切った夜気の中、またパチリと音が鳴った。



火の番をナッジに任せ―――「交代の時間になったら起こせよ」と念を押して―――、寝袋に潜り込んだロキソニンが、ふと呟いた。
「…いつかさ……戻れンのかな、俺ら」
「―――え?」
ナッジが振り向くも、既に相手は頭まで袋の中。

…やがて、聞き慣れた寝息が、耳に届く。
故郷で暮らしていた頃、小屋でいつも聞いていたそれ。
その傍らで見つめた暗い天井や、外の湖面は、瞼の裏にありありと描ける。
テラネで疎まれていたナッジにとっても、それは懐かしく、優しい光景であった。

「…そうだね、いつか―――……」
求める力を得て、あの町に。
そしてまた、ヴァンと3人で。

…そこまで考えて、だがナッジは、改めて友の背を見遣る。
外の世界を知ってしまった彼らが、あの閉鎖的な町で、一生を過ごせるだろうか?
もしかしたら、また、旅に出てしまうかもしれない。
今度は自分達の為に、柊の枝を千切り取って
そうなると、宿屋の1人息子であるヴァンとは、別れてしまうのだろうか。
それとも。

「―――あ」

手の甲に冷たさを感じ、空を仰いだナッジの頬に、雪がまた舞い降りる。
脳裏に蘇るのは、去年も、その前も、雪玉をぶつけ合ってはしゃいだ親友達。

「…うん、やっぱり、3人で………」

少年の言葉は、しんしんと冷える闇に吸い込まれて、消えた。





1周年記念の二次創作です。男主人公ロキソニンのシリアス(?)バージョン。
花言葉風味です。柊は「先見・用心」との事。



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